今からそんなに遠くはないはなし。長らく曇天の日が続いていたそのころ、久方ぶりの晴れ間と共に紫苑らの元にやってきたのは太陽のように明るく笑うある一人の男だった。


「紫苑、少しいいか」

「小太郎?いいよ、何かあったの?」

「いや…今日隣の陣から新しく俺たちの陣に配属された奴が居てな。自己紹介くらいしておいた方が良いだろう」

「あー、わかった」


この時の紫苑は今よりも人との関わりを重要視していなかった。桂、高杉、銀時たち以外の人間に深く関わる理由も無かったし、何よりもむやみやたらに信頼関係を築いてしまったが最後、辛い思いをするのは自分たちだということを身を持って知っていたからだ。

仲間が死ぬということは堪らなく辛いこと。そのうえ友となればその悲しみはもはや次元が違う。

だからこそ彼女たちは必要以上に他人と関わることは避けていた。
それは戦場で己を保つため、紫苑たちが無意識のうちに定めた無言の決まり事のようなものだった。

無論、元より高杉と銀時の二人は幼き日を共にした四人以外に己自身を晒け出すような性格ではないのだが。

そして今回もまた、新しい仲間と聞いても、紫苑の中に特別な感情が生まれることはなかった。
彼女はただ桂に言われるがまま、居間に居るらしいその人物の元に向かう。


「ねー小太郎、その人ってどんな人?やっぱり強いのかな」

「気になるのか?珍しいな」

「んーん、なんとなく聞いてみただけ」

「そうか…俺も詳しくは知らんが相当な手練れだとは聞いている」

「相当な手練れねえ…、それってやっぱ私より強いの?」

「…お前は何を言っている。むしろここに居る連中にお前より弱い者など一人も居らんだろう」

「ひどいなオイ」

「実際お前なんてまだまだだろう」

「何をー!私だって毎日掻かさず鍛錬積んでるし弱くないもん!ヅラのあほ!」

「あほじゃないヅラだ。あ、間違えた桂だ」


心外だとばかりに紫苑が頬を膨らませているとそれを見た桂はふと笑みを零して立ち止まり、もう着いたから顔を元に戻せと言って目の前の襖を開けた。

一方で桂の言葉など気にも留めず、不機嫌な様子のまま紫苑は部屋を覗き込む。
とたんに彼女は先ほどまでのことなど綺麗さっぱり忘れてしまったかのように目をまあるくした。

それもこれも相当な手練れだと聞いて屈強な年上の男を想像していた彼女の目に飛び込んで来たのが、自分たちとさほど年の変わらない少年だったからだ。そしてもう一つ。


「髪がくるくる…銀ちゃんみたい」

「銀ちゃん?」

「え、あ!ごめんなさい!いきなり変なこと言って…、貴方がその、」

「アッハッハ!気にしやせんでいいき!わしゃ坂本辰馬っちゅーもんじゃ。今日から世話になるぜお」


その時彼女が何よりも驚いたのは彼の若さでも天然パーマでも珍しい地方の言葉でもなく、その屈託の無い笑顔だった。

いつぶりだろうか。少なくとも此処に来てからというもの、紫苑にはこんな風に笑いかけられた記憶は無い。


「どうした紫苑?」

「や、何でも…」

「おんしゃ紫苑ち言うんか!」

「うん、よろしく」

「ほーか、紫苑…。いい名じゃのう、おんしと同じに綺麗な名じゃあ」

「?!き、きれ…っ」

「おい坂本、あんまりこいつをからかってやるでない。厄介な奴らに目を付けられるぞ」

「アッハッハ!わしゃ本当のことしか言わんよ。それより厄介な奴らっちゅーのは?」

「それはまたあとで紹介しよう」

「そりゃあ楽しみじゃのー!あ、ところでおんし…」

「え、わたし?」

「ここにゃあおんしの他にあとどの位の女中さんが居るんじゃ?」

「………は?」

「じゃきおんし以外のむごっ?!」

「さ、坂本!銀時たちにも紹介しよう!ほら早くこっちに来い!」

「…私、女中じゃないよ」

「へ?でもそれじゃあ…」

「私は貴方と同じ攘夷志士。これから一緒に戦場に立つことになるだろうからよろしくね!」

「……攘夷志士、」


辰馬はそう呟くやいなや、さっと顔色を変えて紫苑を見つめ返した。
彼の瞳ににっこりと笑って自分に手を差し伸べたまま微動だにしない紫苑の姿が映る。


「…悪いことは言わん。おんしは戦にゃ出らん方がえいよ」

「そう言われると思った!でもそんなこと今さら。色んな人にもう何万回も言われてきたよ」

「当たり前じゃ。おんしは女子ぜお。あんな所で刀振り回して…命の保証は無いち分かっちゅうがか?」

「でもそれは誰だって同じでしょ?」

「おんしがわしらと共にあがな戦場に立てるとは到底思えん」

「………、」

「おまんのような若い女子は刀を振り回す必要も義務も…覚悟もまだ足り…」

「坂本!」

「…覚悟?」

「………」

「覚悟が足りない?女だから?…何も知らないひとに簡単にそんなこと言われたくなんかない。てゆうか…」

「紫苑!」

「初対面の天パにんなこと言われる筋合い無いわボケェェエ!」


叫ぶようにそう吐き捨てた紫苑は怒りや悲しみが入り混ざったような瞳で坂本を睨みつけると、すぐさま早足で部屋を出た。
それを見て呆気にとられた様子の坂本と、隣で頭を押さえる桂。


「…すまんな坂本。紫苑は元々気性が荒いわけでは無いのだが…、その手の話をするといつもああなるのだ」

「いや、今のはわしの言い方が悪かった。…それにしてもちくと驚いたぜお」

「……」

「あがな強い目した女子は初めて見た。いや、女子じゃのうても…」

「坂本…?」

「あれは覚悟を決めちょる者の目じゃ」


そう呟いた彼はすっくと立ち上がると桂に一言すまんと言い残して足早に部屋を出た。そんな辰馬の姿を見た桂がふと口元に笑みを浮かべたのに彼が気づくことはない。






そうして辰馬が屋敷内を適当に歩き回るのち、ようやく見つけた少女は縁側に腰を下ろして足をぶらつかせていた。
そんな紫苑にそっと近づいて、辰馬は小さく声をかける。


「ここに居ったがか…」

「………」

「…、さっきは「ごめんね」


言葉を遮られた辰馬は驚いて口を噤む。そんな彼の方を振り向いた紫苑は眉を下げてふわりと小さく微笑んだ。


「当たり前だよね、この戦を知ってる人間なら誰だって女が戦に出たところで足手まといになるとしか思えないよ」

「いや、そう言うわけじゃあ…」

「でも私ね、嬉しかったんだ」

「へ…?」

「心配してくれたんでしょ?あんなこと言われたの久しぶりだったから最初は腹が立ったんだけど、今考えたらあなた、悪意があるような目してなかったもん」


ぱちぱちと瞬く彼の瞳の中で紫苑は申し訳なさそうに、けれども確かに笑っていた。
先ほどの怒号が嘘だったかのように。
それはそれは優しく。


「ありがとう。それと、…改めてよろしくね」


出逢いのの葉


出逢いとは別れの始まりであると、どこかの誰かが言っていた。

……さて、昔話はここまでだ。
またひとつ朝を迎えよう。



 
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