一方そのころ、廃寺の屋根の上ではある二人の姿があった。座ったまま空を見上げる坂本と、その隣で寝転んでいる銀時だ。
二人の沈黙は暫く続いたが、彼らの纏う空気は重苦しいものではなく、寧ろそこはどこか穏やかな空間ですらあった。
そしてそんな中、突然ため息を吐き出すように声を発したのは辰馬だった。
「…決めた、わしゃ宙に行くぜお。こんな戦はいたずらに仲間死にに行かせるだけじゃ。わしゃもう、仲間が死ぬとこは見たくない」
「……」
「宇宙にデカい船浮かべて、星ごとすくいあげる漁をするんじゃ」
そう言う彼の口元にはうっすらと笑みがあるというのに、その瞳には痛みにも似た何かが見え隠れしている。
そのことが彼の言葉が単なる思いつきで出たものではないことを証明していた。
銀時は何も答えない。
「どうじゃ銀時、紫苑も連れて…おんしも宙に、」
「……紫苑は、」
「!」
「あいつは行かねえよ、多分」
「……」
「ここにゃあヅラや高杉が居るからな」
「ほーか…」
そしてまた、沈黙。星々が瞬くこの夜に、落ちる静けさはただただゆっくりと時を刻んでいた。
この間やっとの思いで合流した仲間たちも今は疲れて眠っているのだろう、下の廃寺からは何の音もしない。
談笑する声も、陽気な笑い声も、三味線の音色も、何もない。
「…紫苑とおんしが居ったら面白い漁になると思ったんじゃがのう」
「……、ぐーぐーぐー」
「のう銀時、紫苑がもし居らんくなったら…。おまんはそがなことを考えたことはあるか?」
「ぐーぐー」
「……紫苑の声が聞けんくなる。わしゃあそれに耐えられるんじゃろうか」
「……」
刹那、その場の空気が小さく震えた。辰馬は銀時を見る青の目を僅かに細め、普段の彼とは思えないほど真剣な声でぽつり囁く。
「…もしわしが、紫苑が嫌がってでも連れ出すちゆうたら、」
聞こえるか聞こえないかというほどの小さな声で辰馬がそう囁くや否や、瞬く間にぐるりと一回転する彼の視界。思わず目を見開く辰馬の上に誇り、表情を無にした銀時は彼の胸ぐらをぎしりと掴み上げる。
「っ…、」
「やってみろよ」
「……」
「…そん時は俺がてめえを空から引きずり下ろしてやっからよ、」
先程まで寝ているふりをしていた彼とは思えないほどの銀時の豹変ぶりに辰馬は目を瞬かせる。しかしその顔もすぐにいつも通りの笑顔に戻った。
「…アッハッハ!冗談じゃ、冗談!」
「………」
「あんまり銀時が無反応やき、からかいたくなっただけぜお!」
「………あー、わりぃな」
突然ころりと声色を変えた銀時はそう言うと、すぐに辰馬から手を離し、口元を緩めて再び横になった。
「いやお前さァ、やるって決めたら絶対やり通そうとする奴じゃん?だから銀さんもちょっと悪乗りしちまったわ」
はは、と乾いた笑い声を転がす銀時に辰馬は口元だけで微笑み返した。─…悪乗り、というわりには未だに少し残っている殺気を肌で感じながら。
「…銀時ィ、おんし案外切羽詰まっちょるようじゃのう」
「お前がそう言うならそーかもしんね」
「ほお、珍しいこともあるもんじゃ。おんしがわしの言葉を認めるとはのー」
「…なんか俺、最近おかしいもん」
「何じゃ、本当にらしく無いのう」
「………」
「…金時?」
「銀時だっつってんだろ馬鹿ヤロー」
そうじゃったかのー、と笑う辰馬はちらりと銀時を横目で流し見る。隣に寝転ぶ銀時は今は目を瞑ってはおらず、じっと夜空を見上げていた。
「…俺ァな、辰馬」
「ん?」
「…この戦争に参加したばっかのころはさ、紫苑が戦う必要なんざねえんじゃねえかって思ってたんだわ」
「…わしも知り合った時は驚いたぜお」
「そりゃあそうだわな、なんせ男ばっかのむさ苦しい陣営にたった一人で女が居たんだ。不自然極まりねーよ」
「それもおんしらには勿体無いくらいの別嬪さんじゃきに」
「…つかお前いっつもそう言ってっけどアイツって別嬪か?別嬪っつーのはもっとこう胸があって色っぺー姉ちゃんのこと言うんじゃねえの?」
「アッハッハ!おんしはまっこと素直じゃないのー」
「は?…て、話がずれた。とにかく俺はな、出来るもんならあいつにゃこの戦から離脱してほしかったわけよ」
「ほうか、」
「…あいつにゃ言うなよ。言ったらたぶん滅茶苦茶キレるから」
「そらあ分かっちゅーよ」
懐かしむように小さく笑った辰馬の顔を見た銀時は、とたんに自嘲じみた笑みを零して言った。
「……"アイツがもし居なくなったら"を考えたことがあるかって?」
「……」
「んなこと、いつでも考えてらァ」
その言葉を聞いた辰馬がはっとした顔で銀時の方を見向くと、そこには手の甲で表情を隠したまま仰向けになっている彼がいた。
辰馬が驚くのも当然、彼は今までこれほどまでに弱々しい声を漏らす銀時を見たことがなかった。
「いつも思ってんだ。アイツをこのまま戦わせちゃなんねえ、俺たちのそばから離れさせねえと駄目だって」
「……」
「でもどうしても言えねえ、…言えねえどころか、さっきみてえにアイツがもしここから居なくなったらって考えただけで俺ァおかしくなっちまいそうなんだ」
「…銀時、」
「笑えるよな、白夜叉なんて大層な名で呼ばれてる野郎がとんだ臆病者ときた」
「それは違うろ」
「……」
「少なくとも紫苑は…おんしが手放せんから此処におるわけじゃあない、紫苑自身がおんしらのそばに居たいと思ってくれちょるき此処におるんじゃ」
「…なんでお前にんなこと分かんだよ」
「そんなん知らん。でも分かる!」
「おま…、意味分かんねーんですけど」
「理屈なんか無い、…でも紫苑を見ちょればほがなこと簡単じゃきに」
「辰馬…おまえ、」
「それにしても今夜はまっこと星が綺麗じゃのー!アッハッハ!」
「…、…そーだな」
本当は知っていた。誰かに言って解決するようなことでは無いのだということを、そしてだからこそ人の心とは扱いにくいのだということも。
それでも、解決はしなくとも、
(でもま、お前が今ここに居てくれてよかったと思ってるよ、俺ァ)
だれかにそれを吐き出すことでほんの少し、心が軽くなったような気がするのは気のせいではないと。
そう思いたい。
久遠の旅路
人が一人では生きられないとは、つまりきっとそういうことなのだ。