数日後、辰馬と桂が数人の攘夷志士をつれて寺へと帰って来た。驚いた紫苑が話を聞いてみると、あの夜襲のあと上手く逃げ切った者たちが鬼兵隊を含めて七、八名程度居たらしい。
しかし他は未だ行方知れず。あまりにも激減してしまったこちらの手勢だが、少しでも生き残りが出たことに誰もが感謝し、喜んだ。

しかし高杉の容体を知った仲間たちはひどく驚き、悲しむこととなった。
鬼兵隊の者たちの中には涙を流した者もいる。そんな彼ら全員で出した答えは暫くこのまま動かず、出陣の機会を待つというものだった。

そうして訪れたある夜のこと。


「晋助、入るよ」


襖を開く音と共に発せられた声は紫苑のものだ。しんと何の音もしない夜に響いたその声によって、高杉の意識はゆるやかに浮上した。


「…なんだ、」

「そろそろ包帯取り替えなきゃ」


小さく笑って包帯を持ち上げる紫苑を眠たげな眼で確認すると、高杉は徐に布団から起き上がった。彼が今寝ている布団は先日村人から譲り受けたものだ。


「わりィな、いつも」

「何言ってんの、このくらい全然…」

「ちげえよ、布団のことだ」

「布団?」


会話をしながら起用に包帯を解きはじめた紫苑は高杉のその発言に一度手を止め、不思議そうに彼の顔を覗き込んだ。とたんにばつが悪そうな顔をして視線を外す高杉。


「俺ァもういいから、今日からてめえがここで寝ろや。……布団、これひとつしかねえんだろ」

「…晋助、そんなこと気にしてたの」

「あァ?別に気にしちゃいねえよ、ただこの布団で寝んのが飽きてきただけだ」

「ぷっ…、ほんっと晋助ったらそんな顔して案外優し…「何か言ったか」

「……、私は大丈夫だよ。何なら野宿だって全然平気だしね」


得意げにそう言い切った紫苑はまだ納得していなさそうな高杉の顔を見てもう一度笑みを零した。


「それに晋助の怪我もまだ傷が塞がったばっかりなんだから」

「もうあんま痛くねえ」

「それは薬草が一時的に効いてるから。とにかくまだ動いちゃ駄目だからね!」

「ちっ、」


高杉が舌打ちしたのと殆ど同時に彼の目を覆っていた包帯が全て解かれた。
瞬間、紫苑の顔が歪む。
以前のように生々しい傷口ではなくなったものの、瞼の上から頬骨の上にまでに伸びる一筋の刀傷はくっきりと跡を残し、高杉の目を塞いでいた。

どれだけ明るく接していても、いつだってこの傷を見た瞬間に悲痛に歪む紫苑の顔を高杉は片目でちらりと捉える。


「…だから、んな顔すんじゃねえよ」

「んな顔、って、なに」

「………」


嗚呼、もう何度このやり取りをしたか分からないと彼はため息に似た息を吐き出した。紫苑自身気づいているのか気づいていないのかは知れないが、このあと彼女は今にも泣きそうな表情を浮かべてゆっくりと丁寧に包帯を取り替える。それが終わるまでずっと彼女のその表情を見ていなければならないのが、高杉は至極嫌いだった。


「なあおい、今すぐその顔止めろ」

「え…?」

「その顔だ。なんでいつまでたってもんな顔してやがる。もう気にしてねえっつっだだろうが」

「……」

「腕落とされたわけじゃねえんだ、片目くれてやったくれえで刀握るのに支障がでるわけでもねえだろ」

「…駄目だよ」

「……、は?」

「駄目だよ晋助、…もう、戦には出ちゃいけない」

「…てめえ、ふざけてんのか」

「ふっ、ふざけてなんかない!」


突然声を低くした高杉にも怯まず、紫苑は怒鳴るようにそう訴えた。一方で高杉も眼光を鈍らせることなく、まっすぐに紫苑を睨みつけている。
そして暫くの沈黙あと、先に口を開いたのは紫苑だった。


「片目、見えないんだよ…?」

「…だから何だよ」

「っ、晋助は何も分かってない!そりゃ晋助は強いよ、それでも片目が使えないってリスクは大きすぎる!そんな体で出陣して無事でいられるわけが無いよ!」

「んなことやってみねえと分かんねえだろうが…!それに無茶とかどうとか、てめぇに言われる筋合いはねえよ!」

「分かるよ!それに戦に出てからじゃ遅いんだ!死んだら何もかもお終いなの!それくらい分かってよ!」

「分かんねえよ、分かりたくもねえ!」

「晋助の馬鹿…っ、どうして、」

「じゃあ何だってんだ!戦に出るな?なら俺はどうやって生きればいい!」

「っ、…」

「俺にはもうそれ以外何もねえんだ!」


はっきりとそう言い切った高杉に紫苑は言葉を詰まらした。反論できなかったからではない。ただただ、その言葉の意味があまりにも悲しすぎたからだ。


「そんなこと…言わないでよ、」

「…事実だろ」

「違うよ、晋助は…」

「俺にはもう、この道しかねえんだよ」

「……」

「今進んでる、この道しか見えねえ」


最初はただ、先生を奪ったこの世界が憎かった。だからこんな世の中を齎した原因、天人が許せなくて、だから刀をとった。
そしてそこにもうひとつ、紫苑がこの戦争に参加したこと。
この事実が高杉の決意をより固くした。彼女と同じ戦場に立つこと、それは彼女を護るということに繋がると信じたからだ。
それこそが彼が強くなろうと決意し、これまで生きていた理由。
そしてそれはこれからも…、

だから高杉は譲れない。
己がどんな状態になろうと、闘いから身を引く気などこれっぽっちも無かった。

そんなことを知る由も無い紫苑は今目を見開いたまま、高杉が発した言葉をひたすらに反響させていた。

"俺にはもうそれ以外何もねえんだ"

悲しかった。悔しかった。
何よりもそれに対してそんなことは無いと言えなかった自分が憎くてたまらなかった。
しかし彼女は高杉にそれしか無いと思っていたわけではない。
それもこれも紫苑は私も彼と同じだと、そう思ってしまったからだ。
見せかけの言葉など今の彼に伝わるわけが無いと、判断したからだ。

そして悲しさからか、悔しさからか、不意に彼女の瞳には涙が溢れた。


「…おめえ、何で泣いて…」

「……ごめ、気にしないで」


そう言った紫苑は零れ落ちる涙には構わず、再び手を動かしはじめた。
泣きながら高杉の包帯を必死に取り替える紫苑の姿を、高杉は見ていられないとばかりに視線から遠ざけ、唇を噛み締めた。

不意に零れ落ちた泪がひとつ、包帯に小さなシミを作る。
それがくるりと自分の目の上に重ねられるのを見て高杉はまるで自分が涙を零したようだと感じた。

もしかするともう二度と、涙を流すという機能を持ち得ないかもしれぬ自分の左目に。

無音の懺悔

どう足掻いても過去には戻れなくて。



 
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