紫苑が歩き出して暫くしてから、ふと何かに気づいたようにして彼女はぴたりと立ち止まった。
そして庭に降り、外から廃寺を見上げた彼女は思わず目を見開いた。
この場所が前に一度五人で来たことのある廃寺だと気づいたからだ。
(初めて来たはずの場所なのに、所々見覚えがあったのは実際此処に来たことがあったからだったんだ)
前に訪れた時は夜だったため、はっきりとした外装を見たわけではなかったのだが、近くに林があることや、屋根の形などを見て確信が持てた。
そして引き寄せられるように紫苑が足を進めれば、いつの間にかいつかの日と同じように彼女は屋根の上に立っていた。
ただあの時と違うのは、紫苑が今独りきりだということ。
「……懐かしいなあ」
誰に言うでもなくそっと呟いた彼女の脳裏には、昨夜の情景が駆け巡る。
「ね、覚えてる?私たち前に約束したよね。廃寺の屋根の上で、またみんなでこの空を見ようって」
「ああ、」
「私あの時決めたんだ。この先何があってもあの言葉を忘れないって。いつか来る、その日のために生きようって」
「大袈裟なやつ…」
普段じゃ有り得ないほどふわりと微笑んでそう言った高杉を思い出した瞬間、頬に熱い何かを感じて紫苑は我に返った。手で触れてみるとそこには濡れた感触。
「あ…、」
泣いている、と自覚した瞬間、堰を切るように溢れ出した涙がぱたぱたと紫苑の袖を濡らしていった。
(…私、みんなを護るために強くなるって決めたのに…っ、)
みんな怪我をして、死に物狂いで頑張ってたその時に何もできなかったなんて、
(もし晋助の左目が見えなくなったら)
また同じ空を見ようと約束した、彼の片方の世界が消え失せてしまったその時は
(わたしのせいだ…!)
口に手を押し当て、声を押し殺して泣く彼女の頭上には青々と広がる晴天の空。
それでも紫苑の足元に降り注ぐ雨は止むことを知らず、彼女の目に帰ってくる桂らが映るまで、そこで降り続けた。
***
桂と坂本が廃寺に帰り着くと、未だ眠り続ける高杉と、その傍らに座り込んで彼らを待つ紫苑と銀時の姿があった。
そんな中、誰よりも早く口を開いたのは銀時だ。
「……どうだった?」
「村には無事辿り着いたんじゃが…、案の定医者は一人も居らんかった」
「……そうか」
「今の状況では仕方がない。この戦禍の中、各地に出回っているのだろう。…だが清潔な包帯と薬の変わりになりそうな物を村の人々から譲り受けたぞ」
そう言った桂の手には包帯が入った袋と、何かの葉のようなものが入った袋が握られていた。
「なんだこれ?葉っぱ?」
「ああ、なんでも傷口と包帯の間に挟んで使うと傷の治りが早くなるらしい。多少ではあるが痛み止めの効果もあるそうだ」
「へえ」
「包帯やらもきっと村人にとっては貴重な物だったに違いない。くれぐれも感謝の気持ちを忘れるなよ」
「それは高杉に言ってやれよ」
「まったくお前というやつは…、とにかく今から手当をするぞ。高杉が眠っているならそのままの方がいい。…紫苑、」
「え…?」
「お前は向こうを向いていろ」
「…ううん、大丈夫」
「しかし、」
「ありがと小太郎。でも大丈夫だから」
「…そうか、分かった」
紫苑の目を見た桂はそう言うと高杉の傍らに膝をつき、彼の左目に巻き付けてあった布を丁寧に外した。元の色を忘れてしまうくらいに真っ赤に染まったそれは傷の深さを物語っているようで、その場に居る全員が眉を寄せた。
「…、瞼の上から斬りつけられているようだ。眼球は潰れていないようだがあの出血量だ。視神経まで傷つけられている可能性もある」
「…もしそうだったら」
「……とにかく今俺たちができることは傷口を清潔に保つことだけだ」
そう言った桂はさきほど言っていた通りに葉を挟んで起用に包帯を巻いていく。紫苑はただそれをじっと見つめていた。
「これだけ動かしても起きたいんだ、それほど高杉自身疲れているのだろう」
「…ねえ、みんな。私たちこれからどうすればいいのかな」
「…分かんねえけど、俺たちがこの戦争から逃げるわけにはいかねえことだけは確かだ」
「銀時の言うとおりだ。まだ逃げ延びた奴らが居るはずだからな、まずはそやつらと合流しなければ」
「…分かった!じゃあ明日からみんなで辺りを捜索してみよ。それに村に下りれば何か情報でも掴めるかもしれないし」
そうしてこれからのことを大まかに話し合った紫苑たちのもとに夜が訪れ、またもや五人は同じ部屋で眠りに着く。
たった一人、眉を寄せて何か考えている様子の男を除いて。
星を飲んだ子供
どうか僕たちに導きの光を下さい。