うっすらと明るくなってきた空の下、五人が眠る廃寺にも薄く日差しが射し込んできた頃。
一番に目を覚ましたのは高杉だった。


「……朝か…、っ、ぅ…!」


しかしそう呟いたと同時に襲いかかって来たのは左目の燃えるような痛みで、高杉は思わず己の手に力を込めた。途端に感じた違和感に彼は眉を寄せる。

僅かに目を開いてみればすぐさまその違和感の正体にたどり着いた。

(……紫苑、)

傍らに座っている紫苑は高杉の手のひらを強く握りしめたまま眠っている。彼が感じた違和感とは己が彼女の手を握りしめた感覚だったのだ。


「ったく…、この馬鹿…」

「ほんと、馬鹿だよな」


予想外に返ってきた返事に高杉は思わず肩を揺らした。見るといつの間に起きていたのやら、刀を抱えたままの銀時が高杉の方を見向いている。


「銀時…」

「よう、気分はどうだ?」

「くく…お陰さんで最悪だ」

「そーかィ」


口元を緩めた銀時はそう言って立ち上がり、高杉に近づく。そして彼の傷をまじまじと覗きこんで小さく声を漏らした。


「…やっぱ、痛むか?」

「馬鹿が、おめえがんな面してんじゃねェよ。紫苑まで釣られるだろうが」

「そうだな…わりィ」

「くく、てめェが素直だと怖えな」


ふと笑みを浮かべた高杉を見て安心したように、銀時がふんと鼻を鳴らす。
そこでようやく目を覚ましたのは紫苑だった。


「ん…、…あ、晋助っ!」

「…おう」

「起きてたの、大丈夫?…まだ痛む?」

「だがら大丈夫って言っただろうがよ」


そう言いながらもやはり傷が痛むのか、高杉はじわりと額に汗を滲ませながらも彼女に強気な笑みを見せた。それを黙ったまま銀時が見ていると、桂と坂本も目を覚ましたようで、暫くするとすぐに立ち上がった桂は言った。


「俺と坂本は今から村に降りる。銀時と紫苑は高杉を見ていてくれ。特に銀時、貴様は自分が重傷患者だと言うことを忘れるなよ」

「ったく、分かってらァ」

「行ってらっしゃい、二人とも。気をつけてね」

「高杉と金時を宜しくのー」

「だがら銀時だったつーの!」


そんな会話をしながら二人を見送っている内にどうやら高杉は再び眠りについたらしい。穏やかとまではいかないが、先ほどよりも落ち着いた息づかいに紫苑はほっと胸をなで下ろした。


「晋助、また眠ったみたい」

「あァ…、」

「…ねえ銀ちゃん、昨日ことなんだけど…話、聞かせて?」


紫苑の口から零れた昨日、という単語に銀時の眉がぴくりと反応する。それと同時に昨夜倒れた時のことを覚えていないと彼女が言っていたのを思い出した。


「そういや覚えてねェとか何とか言ってたな。で、どこから覚えてねえんだよ」

「うんと…、晋助殴って気絶させたとこから」

「ああ……って、え?気絶させたの?」

「………ごめんなさい」


頬の筋肉を引きつらせながら若干引き気味で顔を青ざめさせた銀時に、今にも消え入りそうな声で紫苑が答える。


「いや…寧ろすごくね?」

「う……、と、とにかくそこからの記憶が綺麗さっぱりぶっ飛んでるの!」


関心する銀時に流されぬよう紫苑はすぐに話を戻す。すると途端に銀時が真剣な顔つきをするものだから、思わず彼女はびくりと体を動きを止めた。


「俺が見つけた時にはもうお前は倒れてて、天人のやつらに連れ去られそうになってた」

「……うん」

「その前に俺も足やられちまってたから、正直いい状況とは言えなかったんだけどな、その時にヅラ達が加勢に来て…」

「……」

「まあなんだ…その…、その時に高杉がな、怪我しちまって…」

「……」

「…………紫苑?」


何も反応が無い紫苑の顔を銀時が覗き込む。するとぐっと唇を噛み締める彼女が目に入った。


「私、みんなが戦ってる間ずっと眠ってたんだね」

「…ああ。いや、だけど…」

「………」


唇を噛み締めて黙りこくった彼女が何を言わんとしているのかなど想像に易い。
きっと強い自責の念を胸に抱えている彼女に対して、銀時は励ましの言葉も撤回の言葉も発することができぬまま、ただただ時だけが過ぎていった。


「ごめん、銀ちゃん。少しだけ、外の空気吸ってきてもいい…?」


暫くの間を置いて、消えるような声でそう尋ねた紫苑に、首を縦に振った銀時は視線を高杉に向けた。

無言で"高杉は俺が見てるから"と伝えた彼に、紫苑は眉を下げて微笑むと、立ち上がって外に向けて足を踏み出した。

軋む世界の狭間

事実と真実は奇妙に異なっている。



 
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