「紫苑起きたがか!」
「辰っちゃん、小太郎」
「もう起きて大丈夫なのか?」
「小太郎こそ」
「俺は大丈夫だ」
それからすぐに部屋に駆け込んできたのは辰馬。灯りを持ってその後に続いたのは桂だった。二人の顔を見るや否や紫苑は顔をほころばせる。
「みんな無事だったんだね。良かった」
「……、みんなじゃないき」
「え?」
「坂本!」
「……ヅラ、銀時。明日にはどうせ分かることじゃろう」
「………」
「ねえ辰っちゃん、どうゆうこと?」
「高杉が…」
「………しんすけ?」
「目を、やられての」
「目…?嘘でしょ?」
小さく震えるその声は、その場の空気をも震えさせた。桂が持ってきた灯りが高杉の方を照らす。上下に動く胸はきちんと呼吸していることを証明している、が、
「なんで…、っ何、この…血の量」
「……」
見開いた紫苑の目はその瞬間、絶望にも似た色を灯した。とたんに泣き出しそうな顔をして彼女は高杉に手をのばす。
「晋助…っ、」
「………」
「何があったの…?」
「それは…」
「教えて、何があったの!」
「………何も、ねえ…よ」
驚いた四人は声のした方を振り返る。そこには片目を押さえてゆっくりと起き上がる高杉が居た。
「晋助…っ、」
「馬鹿者!まだ起き上がるな!」
「くく、お前らは心配しすぎなんだよ。こんくれえ何の問題もねえ」
高杉は唇に薄く笑みを乗せてそう言うが、まわりの者にはとてもそんなふうには見えない。今だって一言言葉を発する度に息が上がっているのが見て分かるからだ。
「こいつは俺の力量不足で拵えた怪我だ。別に誰のせいでもねえ」
そう言った高杉がちらりと銀時らに目を配らす。まるで"言うな"と言っているようなその目に三人が三人押し黙った。
「…、だからんな顔してんじゃねえよ」
「でも…」
「でもも糞もねえ、いいからお前は気にすんな。分かっ…、…っ」
「晋助?!」
突然息を詰めた高杉に紫苑は声を荒げた、しかし左目を抑えたまま唇を噛んで声を押さえる高杉は何も答えない。
すると桂がすぐに彼のもとに駆けより、再び床に横たわらせた。
「だからまだ起きるなと言っただろう!いいからお前は寝ていろ」
「……ヅラァ、…分かってんだろうな」
ぎろりと睨みつけながら高杉がそう言えば、桂が眉を寄せて小さく頷いた。すると僅かながら表情を緩めた高杉はゆっくりと瞼をおろし、気を失うかのように眠りに落ちた。
「晋助…、」
「紫苑、高杉なら大丈夫だ」
「…嫌、私起きてる」
「頼むから休んでくれ」
「、嫌…!」
そう言って立ち上がった紫苑が高杉の手を握りしめ、嫌だ嫌だと狼狽えるものだから、それきり桂はもう何も言えなくなってしまった。そんな彼らの姿を見た坂本は桂の変わりを務めるかのように口を開く。
「…とりあえず今日は全員休むき。銀時、お前もじゃ。全員でここに居れば何の心配も要らんろ?」
「わあったよ…」
「坂本の言う通りだ。これからのことは明日話そう。高杉の治療も急がねばな…、坂本、明日は近くの村に降りるぞ」
「ぐこォー…」
「……、辰馬もう寝てっけど」
「…人の話は最後まで聞けェエ!」
「なあもういいから今は寝ようぜ。全部あした話せばいいだろ」
「まあそうだな…、紫苑、もう何も言わんがちゃんとお前も体を休めるんだぞ。じゃないと俺が高杉に怒鳴られる」
「…分かった」
そうしてその後すぐに小さな部屋の中でいつくかの寝息がたち始めた。そんな中、少し狭いようにも感じるが、どこか安心するこの距離に紫苑は少しだけ表情を緩める。
──そうだ、この感じ。
(懐かしい)
「…何が……?」
「あ…?何か言ったか…?」
「…ううん、何でもない」
不意に浮かび上がった感情に紫苑は首を傾げる。無意識のうちにこぼれ落ちた言葉に反応した銀時が僅かに顔をあげるが、それも結局何の意味も成すことはなかった。
刹那、隙間風が彼女の頬を撫でる。寒さに身を震わせた紫苑がかつて温もりを知った記憶は人知れず姿を消していた。
それに気づく者などもちろん居ないまま
虚ろの闇の中で
いきづくけものはないている。