ふらりふらりと歩き続けて数時間後。
銀時たちがたどり着いたのはまたもや小さな廃寺だった。
そこは前に居た所よりも遙かに小さく、寂れた廃寺だったが、彼らにとってはこれ以上ないほどに十分な寝床となった。
その上───……
「…こりゃなんの巡り合わせだよ」
目指したわけではない、しかしそこは前に一度四人で空を見上げたあの廃寺であった。
漸く腰を下ろした桂たちは目を覚まさないままの紫苑と、途中で意識を失った高杉を床に寝かせる。
紫苑は見たところ外傷はないようだが、問題は高杉だ。
未だ溢れる血は止まることを知らず、じわじわと高杉の顔を濡らし続ける。
すぐに自らの衣服の端を破った桂が彼の左目にそれを巻きつけるが、それだけでは事足りない。
「…こんな場所じゃ処置どころか止血すら十分にできんぞ」
「じゃが闇雲に此処から動かすのが得策とは言えん、今は高杉の生命力を信じるしか…」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる二人は俯き、拳を固めている。すると重たい空気が流れるその部屋に銀時が足を踏み入れた。
「一応辺り見てきた。敵さんの気配はねえし今回はあいつらの方から引き上げていったから今日の所は安全だと思う」
「そうか…、分かった。では今夜は俺が高杉と紫苑を見ているからお前たちは…」
「ヅラ、お前は休んでろ。辰馬もだ」
「銀時!貴様何を言って…」
「桂、お前傷開いてんだろ。それに辰馬も、最近ずっと先攻隊でろくに休んでねえみたいだし」
「……この位何でもない。それに今は貴様の方が重傷だろう」
「何を言いゆう、おまんら二人とも重傷じゃ。わしは平気じゃき休んじょれ」
そういった辰馬がいつものように明るい笑みを見せる。しかしその笑みもすぐに驚きの表情へと移り変わった。なぜならば突然彼の目の前に居る銀時が震える声で言葉を零したからだ。
「…頼む」
「……」
「銀時、おまん…」
「頼むから、」
「…分かった。行くぞ坂本」
「じゃが…」
「こいつは言い出したら聞かん。そうだろう、銀時」
「…ああ」
「そういうことだ」
くるりと踵を返し、部屋から出ようとする桂に続いて、不安げな表情のまま何度も振り返りながら坂本も部屋から出て行った。
暫くその場から動かなかった銀時も、ゆっくりと高杉のそばに近づき、しゃがみこむ。
嶮しい表情で小さく呻く彼を見て、銀時は酷く顔を歪めた。
「…護れなかった、」
奥歯を噛みしめても、床に膝をついても、胸の奥にある後悔や悔しさは薄れることはない。むしろそれは色濃くなる一方で、彼の胸に重くのしかかる。
「畜生…っ、」
見つめる先には横たわる二人の姿。その光景に思わず俯いた銀時の耳に、次の瞬間小さな声が届いた。
「………銀ちゃん、…」
「!」
「銀ちゃん、居るの…?」
「紫苑…っ?」
そう言うや否や、すぐに紫苑のそばに駆け寄った銀時は彼女の顔を覗き込む。
うっすらと開いた彼女の両目はしっかりと銀時の姿を映していた。
「…おはよ、銀ちゃん。無事だったんだね、良かった…」
「…何言ってんだ、馬鹿」
へらりと笑ってみせた彼女に銀時は思わず安堵のため息を漏らす。
どうやら本当に怪我は負っていないらしいと確信した。しかしそうは言ってもまだ疑問は多く残る。
「お前…どうしてあんな所に居やがったんだよ」
「あんなところ、って?」
「高杉と逃げてたんじゃなかったのか」
「あ…、そっか」
「どうなんだ」
「…、ごめん。逃げろって言われてたけど、我慢できなかった」
「だからってあんな無茶…」
「無茶なのは銀ちゃんも一緒でしょ?」
「……ったく、お前なァ…」
「…でも、ごめん」
「あ?」
「晋助にも…怒られたから」
「…、そうか」
そこで隣で眠る高杉に気づいたのか、紫苑がそちらの方に目を向ける。
しかしまだ起きたばかりのせいで暗がりに目が慣れないのか、彼の怪我には気づいていない様子で首を傾げて言った。
「晋助、だよね?寝てるの?」
「そう、みてぇだな。…起こすなよ」
「うん。…でも珍しいね、銀ちゃんが晋助を気遣うなんて」
「………」
くすくすと笑う彼女に彼が上手く笑い返すことができなかったのは、朝になり、紫苑が高杉の怪我に気づいた時の表情を想像してしまったからだ。
この笑顔も、明日になればきっと消えてしまう。彼女が酷く傷つくのは想像に容易い。
そして目を伏せる銀時はふとあることに気がついた。
「そういえば紫苑、お前なんで倒れてたんだ?」
「え…?」
「え、じゃねえよ。俺が駆けつけた時にはもうお前ぶっ倒れた後だったぞ」
「……?分かんない」
「…はァ?」
「思い出せない…」
「おいおい、やっぱお前どっか怪我とかしてんじゃ…頭とか打ってねえよな?」
「ううん、どこも痛くないし。まあ大丈夫だと思うよ。ごめんね、心配かけて」
「いや、構わねーよ。…あ、そーいや辰馬たち呼ぶの忘れてた。ちょっと高杉見ててくれ」
「任せとけーえ」
そう言ってにんまり笑う紫苑はやっぱりいつも通りで、思わず銀時は頬を緩める。そして桂らを呼ぶために彼は立ち上がった。
救いの忘却
その時は知らなかった。ただ何かの拍子でその時の記憶が飛んでしまっただけだと、ただそう思っていた。
だけどそれは浅はかな考えだったんだ。
数時間前までもう逢えないかもしれないとさえ思っていた紫苑が起きあがって、笑顔で話していたことに浮かれていた俺は、何も知らないまま。何も気づかないまま。歩き出した。