空を切るように暴れ回る刃は、倒す刀ではなく護る刀だということを物語るかのごとく、彼らは先ほどの言葉とは裏腹に銀時の周りを取り囲んでいた。

やがて銀時も呼吸を落ち着け、刀を強く握りしめる。

それを合図に4人は一斉に前へ駆けだした。
なけなしの体力を振り絞り、それでも無我夢中で、目の前で未だ瞼を閉じたままの少女を求めて。

銀時はひたすら、手をのばした。


はじまりの


「紫苑っ!」

「チッ…、無駄にしぶとい連中だ。はやく黙らせろ」


男は苛立ちを露わにして部下であろう辺りの天人らに命令する。しかし一向に勢いを増す銀時ら4人の怒濤の追撃に為す術もなく、天人の数はどんどん減りゆくばかり。

そして男は遂に痺れを切らしたのか、ここにきて初めて声を荒げて言った。


「何をしている!相手はただの人間、しかもたった4匹だぞ!」

「ハァ、ハァ…、く、は、はは…っ」

「……、貴様なにを笑っている」


何の前触れもなく小さく笑い声を漏らした銀時をぎろりと睨みつける男。
しかし銀時はそれに対して怯むことなく、まっすぐに男の目を見返して言葉を続けた。


「…てめェはなにも分かっちゃいねえ」

「何の話だ」

「俺たちはな、たとえ手足が千切れようが身体裂かれようが関係ねえ」

「………」

「護るもんがまだある限り戦う」


そもそも彼にとっての戦争とはそういうものだった。
国のために戦ったことなど一度たりともありはしない。

仲間に鬼と呼ばれ、恐れられようとも、彼が戦い、護り続けてきたのはその仲間たちだ。

そして今、目の前にいる彼女も。


「そいつは…紫苑は…、俺たちの大切なもんだ。てめェなんぞが触れていいような代物じゃねェんだよ」

「……クク、その体でよくもまあそんな口がきけたものだ」

「…………」

「…白夜叉よ。貴様は護るものがある限り戦う、と言ったな」

「…だったらどうした」

「ではその護るものとやらが無くなってしまえば…さて、貴様はどうするのだろう」


その男の言葉に目を見開いたのは恐らく銀時だけではなかった。
男から一番近い場所に居た銀時はすぐさま駆けそうとしたが、前に踏み出した足に走った激痛によってがくりと体のバランスを崩す。

そんな銀時の視界に入ったのは、今にも紫苑に向けて短剣を振り下ろそうとする男の姿。

そして次の瞬間、その場に居た誰もがが息をのむ。

びしゃりという嫌な音と共に紫苑の顔が真っ赤な鮮血で染まった。


「……嘘、だろ。おい…」

「……ッ、ぐ…、ぁ」

「高杉!!」


少女は片目から止めどなく血を溢れさせる彼の腕の中にいた。

数秒前、誰よりも早く駆けだしていた高杉は彼女をぎうと強く抱きしめ、片目を押さえて痛みに耐える。


「な…、いつの間に…、っ!!」


唖然とする男に向かって銀時は刀を振り下ろした。
間一髪でそれを避けた男の頬に一筋の赤い線がはしる。


「貴様、まだ動け…「てめェは…っ」

「てめェだけは許さねえ!!」


先ほどまでとは違う銀時の目が、この時初めて男に僅かな恐怖心を抱かせた。
憎悪の瞳が男を捕らえる。

男はふと周りを見渡し、見方の兵の数を目算すると、即座に言い放った。


「…チッ、仕方がない。寺は焼け落ちた。当初の目的は達成した。今日のところは引くぞ」

「っ、逃がさねえ!」

「銀時!追うな!」

「るっせえ!今ならまだ…」

「紫苑と高杉の手当の方が先じゃ!」

「…っ、」


ぎりりと歯を噛み締め、踵を返した男と天人らを黙って睨みつける銀時。

そんな彼を嘲笑うかのように男は最後に言い放った。


「クク、今日は良い暇潰しになった。
礼を言うぞ白夜叉」

「………今すぐ黙らねえとその舌、引っこ抜くぞ」

「ふん、……ああ。それと一つ、いいことを教えてやろう」

「あァ?」

「幕府にはもう貴様らの肩を持つ者など誰ひとりとして居ない」

「……」

「精々足掻くがいいさ。…ではな」


嫌な笑みを浮かべたまま、今度こそ立ち去ってゆく男の姿を銀時は目に焼き付け、ゆっくりと目を閉じる。

そしてこの戦争の終わりを、密かに憂う彼の心中には誰も気づかないまま。

五人はその場をあとにした。



 
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