その音に反応した銀時はびくりと目を見開いた。
己に降りかかって来るはずの痛みは未だ訪れぬまま、目を開いてもあたりの光景が認識できない。
それは自分を庇うようにして立っている背中が、視野を狭くしているせいだと彼が気づいたのは数秒後のことだった。
「………ったく、もうへばっちまったのかァ?糞天パさんよ」
「っ、たかすぎ…」
「おまんはいつも甘いもんばっか食いよるき、いざという時に力がでらんがじゃー」
「た、つま…」
「まったくもって同感だ」
「ヅラ…」
「ヅラじゃない桂だ」
見ればみっつの背中が彼に降りかかろうとしていた刀を全て受け止めていた。
そしてあっという間に刀を振り上げていた天人たちをなぎ倒す。
銀時はその光景に暫し目を見開いて硬直するが、はたと我に返ると、彼はすぐさま彼らに向かって叫んだ。
「何やってんだ馬鹿野郎!
てめえら逃げたんじゃなかったのか!」
「……」
「今すぐ引き返せ!何のために俺が…」
「「「うるっせえ!」」」
しかし銀時の言葉も虚しく、すべて言い切る前に三人の鉄拳によってかき消された。
あまりの激痛に思わず涙目になりながら頭を抱え込む銀時は声にならない叫びをあげる。
「………〜っ!!」
「ちったァ黙りやがれ糞天パ侍」
「わしらの話も聞くろー」
「大体いつ誰が貴様のために戻って来たなどと言った」
「………は、?」
銀時がわけが分からないといった表情を浮かべるものだから、桂はふんと鼻を鳴らし、坂本は小さく笑い、高杉は一歩前に出た。
「あー…、ったく、まだ首が痛ぇ」
「高杉?」
「あの馬鹿、目え覚めたらただじゃおかねえぞ」
高杉が首を押さえながらちらりと前に目線を向けた先には、ぐったりと目を閉じたままの紫苑の姿がある。
高杉は男に抱かれたままの彼女を確認するやいなや、ぴくりと眉を動かし刀に手をかけた。
「…俺たちはあのお転婆娘を迎えに来ただけだ」
「紫苑はまた無茶しゆうみたいじゃきのーアッハッハ」
「貴様はおまけだ銀時」
「……おまけかよ、」
ため息まじりにそう言った銀時の表情は、ついさっきまでの彼とは別人のようだった。
焦りを含んでいたはずの目はいつの間にか気怠けなものに。
それを見た男はさも不愉快とばかりにぎりりと奥歯を噛み締める。
「……気に食わん」
「!」
「たった三人…たかが人間が加勢に来ただけだ。なのに白夜叉、貴様は何故そのような目をしている」
「……」
「何故安心しきった顔をしている!」
「安心?んなわけねーだろ」
男の剣幕に微塵も怯まず、そう返したのは銀時だった。
刀を支えに立ち上がるその姿は痛々しいにも関わらず、やはり彼の表情には焦りのひとつも見当たらない。
「むしろ俺ァ今にもこいつらに殺されそーだっつの」
銀時のその言葉を聞いた男ははっとした表情を他の三人に向ける。
一方でその三人は身に纏う殺気を先ほどよりも強くして男の方に近づいていた。
「…悪いがその娘は返してもらう」
「ヅラ、おんしは無理せんでいいきに、わしらで十分じゃ。まだ怪我も完治しとらんろー?」
「こんな時にそんなこと言っとられん。それより高杉、首の調子はどうだ?」
「……まだ痛え…、」
「ふ、紫苑が帰ってきたら介抱でもしてもらえ」
「そうだなァ。…ってことでお前」
かちり、と刀が鳴る。それは三つの切っ先が男に向けられた音だ。
「今すぐそいつを離しやがれ」
高杉のその言葉に対して男は無表情に黙り込む。しかしそれもすぐに終わり、数秒後には肩を震わせて嗤い始めた。
「ク、ハハッ…!……馬鹿な連中だ。よほど周りが見えていないらしい」
「……」
「多勢に無勢とはこのこと。全員まとめて地獄に送ってやろう」
「…やれるもんならなやってみなァ」
そう言ってぺろりと唇を舐めた彼の口元には挑戦的な笑み。
そして、再び高い金属音が鳴り響いた。
ラストダンスの夜
踊るようにもがけ。
今までだって、そうしてただひたすら、生きてきたじゃないか。