やっと触れることができた唇は驚くほどに暖かかった。


「…、っ」

「………」


初めは何の抵抗もしなかった彼女だったが、一度高杉が強く唇を押し付けた拍子に我に帰ったのか、はっとしたように目を見開くと彼の胸板を強く押した。

しかし離れるのは許さないとばかりに高杉は紫苑の頭を押さえ、さらに深く口づける。
唇を舌で割り、彼女の舌に絡みつかせた刹那、彼女の体がびくりと強張った。


「…っ、ん…っふあ…」

「………」


嗚呼だめだ。これではまたこいつを傷つけてしまう。銀時のことを言えた義理ではないじゃないか。

そう、分かっているのに、

(止まらねぇ)

ずっと探していた体温。
冷たくなった心を溶かしてくれるような暖かさが、今彼の目の前にあった。

それは彼がずっと恋い焦がれ、求めつづけていたもの。

高杉はふいに唇を離すと、愛おしむように彼女の名を呼んだ。


「紫苑…」

「っ、…ちゃ、…」

「!」

「ぎ、んちゃ、銀ちゃん…っ」


けれど震えた声で紡がれた名は、ここには居ない、彼の名だった。


「っぎん、…!」

「なんで、っお前は…」

「っ、…」

「なんで銀時なんだよ、っ」


顔を隠すように腕をもちあげ、泣きじゃくる紫苑の腕をどかして、彼は彼女の首もとに顔をうずめる。

もう自分でも訳の分からない衝動に戸惑いながらも、高杉は紫苑を求め続けた。

──ここはとても寒くて、苦しいから。


「…おまえが欲しい」

「し、んすけ、」

「銀時になんざやらねェ」

「し…」

「やって、たまるか…!」

「…」

「これ以上、俺の大事なもんは何一つ誰にも渡さねえ!」


その瞬間、紫苑の頬に雫がすべった。

泣かせた、泣かせてしまった。

しかし彼がそう思ったのもつかの間、紫苑が酷く驚いた顔をして目を見開いたものだから、彼は直ぐさま気がついた。


(泣いてんのは、俺…?)


しかし涙の理由が分からない。
それでも彼の涙は止まることなく、ぱたぱたと紫苑の頬を濡らしてゆく。


「…あ……、しんすけ、泣かない、で」

「…………、」

「泣かないで、しんすけ」


その言葉を聞いた高杉は胸の奥がずきりと痛むのを感じた。

その心は、なんで自分が襲われかけてんのに他人の心配なんかしてやがるんだとか、なんでこのタイミングで泣きだしやがるんだとか、それだけではなかった。

何より強く彼を支配した感情は言いようの無い罪悪感だ。


(ああ、俺はとんでもねぇことをしちまった。こんな風に、純粋にあの男を心配するこいつの心を傷つけちまった)


無理やりにでも欲しかったものは…求めていたものは、こんなものじゃない。


「…泣かないで晋助、泣かないで…」

「……すまねえ、もう大丈夫だから」

「っ、……う、」

「ごめん、な」


大丈夫だと、そう言った高杉本人でさえ何が大丈夫なのかなんて分からない。
しかしそう言う他にどうすれば彼女が泣きやむのかなんて彼には見当もつかなかった。

そしてそう言って彼女を抱きしめた彼は、ひとり唇を噛み締める。


(銀時にできても俺にはできねぇこと)


いま目の前で泣いているこいつの涙を拭うことも俺にはできないのかと、彼は密かに俯いた。

しかし自分に触れられたらせいで泣いているのだと思い込んでいた高杉の考えは、紫苑の次の言葉で覆される。


「違、…違うよ、晋助、」

「…?」

「わたしも、晋助のこと大好きだよ」

「…………」

「大好きなの、本当なの」

「…あァ」

「なのに私おかしいんだ。どうして私、わたしは…」

「…………」

「銀ちゃんが、私のこと幼なじみとしか思ってなくても…私はどうしても、どうしても銀ちゃんのことが好きなの…っ」

「………、」

「す、きなの…、ひっく…」

「…紫苑、泣くな」

「…しんすけ」

「分かったから、」

「ごめん、しんすけ…」

「…………」

「ごめん」


そんな顔して、そんな辛そうに、謝ってんじゃねえよ。
離したくなくなっちまうじゃねえか。

己の腕の中で未だに嗚咽を漏らしている少女は彼にとって、幼少の頃からずっと想い続けていた女。

なにがあってもそばにいて、護ってやろうと決めていた女。


「……畜生、無理やりにでも、奪う…。なんざ、出来るわけねえじゃねえか」


呟いた言葉は彼女に届く前に消える。
そして高杉は今だ泣き続ける紫苑を見て自嘲的な笑みを薄く唇にのせた。

(ほかの男のことを好きだと言って泣いてるっつーのに…)

それでも彼女を愛おしいと思う自分はやはりどこか狂ってる。

しかしそれでもいいと、彼の中の何かが口にした。
それと同時に彼の唇から零れたのは、驚いたことに大きなため息と僅かな笑み。


「…仕方ねえなァ…、」

「……しんすけ?」

「お前、銀時のことが好きなんだな」

「!………う、ん」

「……、後悔しても、しらねぇぞ」

「……うん」

「それに言っとくが俺ァ諦めたわけじゃねえからな。ただ今は…」

「?」

「……お前らがこの先どーすんのか、見てみたくなっただけだ」


くちびるとき顔


自分の想いを押し込めて、それで彼女が救われるならどんな嘘でもついてやる。

どんな紫苑も愛してるけど、それでもあの表情だけは、もう見たくねぇから。

だからよ、せめてお前は笑ってろよ。

title:たかい



 
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