「先生、どこにいくの?」
「おや紫苑、起こしてしまいましたか。すみません、まだ寝ていていいですからね」
「…こんな朝早くにおでかけ…?」
「………、少し用事があるのです。
心配しなくてもちゃんと帰ってきますから大丈夫ですよ。
ほら、一緒に部屋まで戻りましょうか」
「……うん、」
「……紫苑」
「はい」
「………ごめんね」
あの時、どうして先生が謝ったのか紫苑には分からなかった。
夜中に起こしてしまったことだったのか、それとも他のことだったのか、今となっては後者だと思われる彼の言葉は、今も彼女の中にありつづける。
あのあとまた眠りについた紫苑が目覚めた時、そこに先生は居なかった。
そのまま帰ってくることも、なかった。
そしてまた違う彼も、まるであの日を再現するかのように、先生と同じ微笑を浮かべて、悲しそうに彼女に言ったのだ。
「……ごめんな」
たったそれだけで紫苑の心は張り裂けそうになる。
やっと気づけた自分の想いすらもそれを後押しするように彼女の涙腺を緩ませ、頭は上手くまわらない。
どうしよう、どうしよう、そればかりが頭の中で繰り返され、その疑問は紫苑の体の自由を奪ってしまう。
そんな時だった。
「紫苑!」
突然聞こえた自分の名に、ようやく真っ暗だった彼女の視界が開けた。
声のしたほうを見ると高杉が自分に向かって駆けているところだった。
「……晋助……、」
「おい、急いでここを出るぞ!奴ら、もうすぐそこまで迫ってきてやがる!」
「…どうしよう、しんすけ」
「何かあったのか?!」
「銀ちゃんが、行っちゃった…っ」
「銀時…?」
「私止められなかった、銀ちゃんのこと…!どうしよう、銀ちゃんが行っちゃう、銀ちゃんが死んじゃう!やだ、やだよ!やだ…っ」
「おい、おま…」
「やだ、嫌だ!銀ちゃん、先生!行かないで、置いて行かないで、もう…独りにしないで!」
「紫苑!」
落ち着け、と言わんばかりの剣幕で高杉が彼女の肩を抑えた。
それでも紫苑の胸中で疼く恐怖は収まらない、ひたすらに怖い。
「……っこわいよ、しんすけ」
「…………」
「……ひ、一人は…、やだ」
「…………」
「も、う…おいてか、ないで…っ」
「置いてなんかいかねぇよ」
紫苑ははっきりとそう言い切った高杉を思わず見上げる。
するとそこには、不器用に、ほんのわずかに微笑む、彼がいた。
「何があっても俺達はお前のことを置いていったりしねぇ」
「……………」
「何があっても、だ」
「っ、ひっく……」
「だからお前も…、今はちゃんと前見て着いて来い。今お前がしなきゃならねぇことくらい、分かってんだろ?」
「…………うん、」
「…だったら行くぞ、こっちだ」
そうして走り出した二人は拠点を捨て、裏山へと駆ける。
廃寺の外へ出る間も、高杉が紫苑の手を離すことは無かった。
そして何度も何度も後ろを振り返る彼女に、一度だけぽつりとひとこと。
「…そう簡単にくたばるようなタマじゃねェだろ、アイツは」
どうしてあなたはいつも私が一番欲しい言葉をくれるの?
…ねえ晋助、知ってる?
その言葉は今の私にとって、あまりにも暖かすぎる言葉なんだよ。
ひとりぼっち
どうしても会いたい彼が、いまここにはいない事実。