出会いは突然だった。
まだ俺らがガキだったころのこと、松陽先生が連れてきた1人の少女。
初めて顔を合わせた時は男か女かも分からないくらいに泥や砂で汚れていたけれど、きれいになった顔を見てみると琥珀色の大きな目を持つごく普通の女子だった。
少女の名前は紫苑というらしい。
少女には表情というものがなかった。
何をするにも無表情で、何も喋らない。
僅かな声ですら聞いたこともない。
まわりのやつらはそんな少女に対してどう接したら良いのか分からなかったみたいで、あの世話焼きの桂でさえ悩んでいるようだった。
言うまでもなく高杉なんかは少しの興味もなしだ。
そのためか、少女はいつも1人きり。教室の端の方で膝を抱えていた。
感情がないような、常に何かを拒絶しているような、そんな姿を見ているうちに、俺はその少女と昔の自分を重ねてしまって幼いながらに心が震えた。
俺もほんの少し前までずっと何も信用せず、俺以外の全てを拒絶していたから。
その気持ちの名は、孤独。
「人に怯え、自分を護るためだけに振るう刀なんて…もう捨てちゃいなさい」
先生と、先生のその言葉があったからこそ今の俺がいる。だからきっとこいつにもそんな存在が必要なんだ。
直感でそう思った。自分がそんな存在になりたいだなんて思ってはいない。だけど他人事だとも思えない。
放っておくなんて、できなかった。
「おい」
そうして気づいた時には、俺はすでに少女の目の前に立ってそう言葉を紡いでいた。
少女の瞳に俺の姿が映る。
いつも通りの無表情で俺を見つめる少女の目は、やはり少し前の自分のそれと同じ。孤独と僅かな戸惑いを含んだ、暗くて冷たい目だった。
当然のように返事は返ってこないが、それには構わず隣に座りこむ。
「俺は坂田銀時」
「………………」
「お前は紫苑っていうんだよな、先生が言ってた」
「………………」
やっぱり何も反応は無いけれど、目はしっかりと俺に向けられているから、こいつがちゃんと話を聞いていることだけは分かる。
(会話ができなくたって話ができないわけじゃない。そうだよな、先生)
先生みたいに上手くはできないけれど、それでも何とかしたいと思って。ただそれだけを想って。紫苑が返事をしないことになど気にもとめずに、俺はただただ口を動かし続けた。
はじまりのうた
そんな一方通行の会話をだんだんと楽しく感じてきた俺が、少女が小さく頬を緩めたことに気づくことは無いけれど。