「昨日一日考えてたんだ、お前のこと。…で、やっと答えがでた」

「……、うん」

「俺にとってのおまえは好きとか嫌いとかって以前に大切で特別なやつ。大切な…"幼なじみ"だ」

「…………」

「それがこれから先もずっと変わらねぇ…、俺の答えだ」

「あ、あー…そっか…はは」


やっとのことで絞り出した声は情けないほど小さくて、紫苑は密かに苦笑する。

しかしそれと同時に彼女ののどの奥はじわじわと熱を持ち始めた。

───嗚呼、いけない。笑わなきゃ。


「ごめんな、ありがとう」


なのに、そう思うのに、そんな顔してそんなこと言われたら苦しくて堪らなくなってしまう。


(泣いちゃ駄目だよ紫苑、銀ちゃんを困らせちゃ、駄目)


わかっているのに、紫苑の身体は彼女の言うことを聞かない。
思わず零れおちた涙を掬い取ったのは銀時の指だった。

そんな動作すら、今の彼女にとってはあまりにも愛おしくて、


(気づかなければ、よかった)


不条理なんてことは分かっている。けれどそう思わずにはいられなかった。


「あのな、俺「夜遅くにごめんねっ、私が聞きたかったのはそれだけだから!じゃあまたあしたね」


銀時の声を遮って無理矢理に笑った紫苑は一息にそう言うとくるりと体を反転させる。

彼女の頬を伝う泪が何を訴えているのか、それが分かっていても銀時が再びそれに手を伸ばすことはなかった。

襖が閉まる音と同時にぱたぱたと廊下を駆ける足音が虚しく空気に溶けていく。


「…………」







しばらくの間、部屋の中で立ち尽くしていた彼も徐に足を踏み出し外へと出た。

そして部屋を出た銀時はしばらく廊下を歩き、立ち止まったかと思うと唐突に口を開く。


「………男女の会話を盗み聞きたァいい趣味してんじゃねえか、」


誰も居ないはずの廊下に、銀時の低い声がゆるりと通る。するとすぐにぎしりと床を踏む音がした。


「…高杉さんよォ」

「……、気づいてたのか」

「まぁ俺も伊達に白夜叉サンやってるわけじゃあねえからな。
おまえの中二病暦にゃ劣るけど」

「それよりてめぇに聞きたい事がある」

「うわあ何この子、スルーかよ」

「ふざけてんじゃねえぞ天パ。
それより俺の質問に答えろ」

「んだよ…、」

「紫苑に言ったこと、あれ嘘だろ」


面倒くさそうに頭をかく銀時の手がほんの一瞬間だけ、ぴくりと反応する。

しかしすぐにまた覇気の無い目を高杉に向け、ため息を吐いた。


「嘘なんかなーんもねぇよ。
あれは全部、俺のほんとうだ」

「っ、嘘だ、おまえは…「高杉、」

「さっきも聞いただろ。俺にとってあいつは好きとか嫌いとか以前に、大切で特別なやつなんだ」


その言葉に高杉はぎりりと下唇を噛む。
そしてさももどかしそうに銀時を睨みつけて言った。


「だからそういうのを好きだって言うんだろうが…!」

「…………」


それを聞いた銀時は高杉に背を向け、僅かに下を向く。

そしてしばらく続いた無音世界を破ったのは銀時の声だった。


「……そうかもしれねぇ」

「…………」

「おまえの言うとおり、それが本当の、…好きってやつなのかもしれねぇ」

「だったらやっぱりさっきのは…!」

「でもな、たとえそうだったとしても……、俺ぁもう生涯あいつに自分の気持ちを言うこたぁねぇよ」


背を向けたままの銀時が紡いだその言葉に、高杉の目は大きく見開かれる。


「……っ、な…」

「…あんなに傷つけたのに何にもなかったみてえに笑って傍にいてくれる。
…これ以上なにを望むってんだ」


最後のあたりで声が震えたように聞こえたのは気のせいか、……否、そのことを物語るように、彼の握りしめた拳はいま、小さく震えている。


「…、てめぇの気持ちはよく分かった」

「…………」

「だがてめぇにあいつを受け入れる気がねえってんなら、俺があいつをもらう」

「……」

「後悔したってもう遅ぇぞ」


その言葉を最後に高杉は踵を返して去っていく。その背中を見て銀時は思った。


(前にもこんなこと、あったな)


たしかあの時も同じように彼は紫苑に対する想いを自分に宣言し、去っていったなと銀時はひとり想いを巡らす。

ただあの時と違うのは己の心情と、


「…あの時より、もっと、ずっと」


そしてその想いを決して彼女には伝えないと、己に誓った。その二つだけ。


「……っ、」


それでも辛いと思うのは、ついさっき見た彼女の泪が脳裏に焼き付いて離れようとしないからだと、そう思って。

夜は更け、は恋う

どうかあの少女に幸せを、そう祈る少年はひどく美しく、哀しい笑みを浮かべていた。



 
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