それから紫苑と辰馬は共に無事拠点へと帰りつき、他の仲間たちも死傷者は出たものの昨日のような悲劇に見舞われることなく拠点へと帰り着いた。

そして夕餉の時刻、皆がそろった居間にて紫苑はぽつりと呟く。


「…寂しくなったね」


その小さな呟きに気がついた人物は彼女の近くにいた者たち、坂本と高杉の二名だけであった。

何とも言えぬ顔をして目を伏せる彼ら。

紫苑がそう言うのも当然のこと。
戦争参加初期と比較すると、もう随分と攘夷志士の数は減少してしまっている。
その数、およそ百人弱。


「……それでも俺達ァ止まるわけにはいかねえんだよ」

「それは分かってる、でも…」

「ほいほい、ストップ!」


高杉と紫苑の会話に坂本の制止の声をあげる。
つい先ほどの表情が嘘だったかのように彼は今にこりと上手に微笑んでいた。


「ほがな話しゆうと折角の飯がまずくなるろー。その話はここまでじゃあ!
さ、いただきます!」

「辰ちゃん、」

「ほらほら紫苑、飯が冷めるぜお!」

「…、そだね。じゃあいただきますっ」


紫苑が手を合わせるのを見た坂本はまたいつものようにして盛大な笑い声をあげる。

まわりにいた仲間たちも坂本の笑顔を見ると表情をゆるめていることに気がついた彼女は、他の者たちと同じように口角をあげた。

しかしそこで紫苑は突然何かに気づいたかのようにまわりを見渡すと首を傾げる。


「ねえ、辰っちゃん」

「なんじゃ?」

「……銀ちゃんが見当たらないんだけど、なにか知らない?」


その言葉に高杉がぴくりと反応したが、それには誰も気がつかない。

一方坂本はというと、紫苑の問いに対して苦笑いで答えた。


「ついさっき廊下ですれ違ったんじゃが夕餉はいらんちゆうちょったがよ」

「…そっか」

「今まで風邪は引いても飯だけはぬかん奴じゃったんやがのう、あっはっは」


そんな辰馬の笑い声に紫苑はぎこちなく笑いかえす。
そうして二人の会話はまた別の話題へと移り変わり、しばらくして各々部屋で休みをとる時間となった。













「すーはー、……よし」


数回深く深呼吸をした紫苑が意を決したようにして襖へと手をかけた。
いつもとは違い表情を堅くしている彼女はいま、銀時の部屋の前に立っている。

(このままなんて、なんだか私たちらしくないもんね)

否、彼女がここに来た真の理由はそれだけではない。

(それに…この間の、返事)


「銀ちゃんのことが好きだよ」


昨日の自分の言葉を思い出したとたんに紫苑はぶわりと顔を赤くする。
彼女が銀時に言った「すき」はこれまで感じていた家族に対するような暖かなすきではない。
もっと深く、熱く、焦げつくような、とくべつな感情。

紫苑はそこまで考えてからはたと我に帰り、気を取り直すかのように頭を左右に振って今度こそ襖を開こうとした。


「…ぎ、銀ちゃん、入ってもい…」

「何やってんだ」

「ひゃあああ!!!」


しかしそれよりも早く唐突に上から降ってきた言葉と頭に軽く乗せられた手のひらに、紫苑は思わず体を飛び上がらせた。


「な、なんだよ!びっくりしちまったじゃねーかコノヤロー!」

「ぎ、銀ちゃん…?」

「ああん?」

「なんで、外から…」

「ああ、厠だよ厠」

「今日なんで夕餉の時居なかったの?」

「だから厠に籠もってたんですぅ。
腹の調子が悪くてよー、…つうかなんか用事あんだろ?中入れよ」

「あ、うん」


頭をぼりぼりと気だるげに掻きながら部屋に入ってゆく銀時を見て、紫苑はぱちくりと目を瞬かせる。
あまりにも"いつも通り"の銀時に疑問を感じずにはいられなかったからだ。


「で、どした」

「あの、さあ…」


ちらりと銀時をのぞき見るも、やはり彼はきょとんとした表情を浮かべ次の言葉を待つばかり。

今から自分が話そうとしていることはもしかするととんでもなく場違いな話なのではないかと怪訝するが、しかしだからといってこのまま何でもない、と言ってすますわけにはいけない。


(私のたった一言でこのわだかまりが消えるなら、)


銀ちゃんの答えがどんなものだって私は受け止めようと襖に手をかけたときに決めたんだ。
そうもう一度だけ胸のうちで唱えて紫苑はついに口を開いた。


「あのね銀ちゃん、昨日わたしが言った言葉、覚えてる?」

「ん、…あぁ、覚えてる」

「……、…その、答えがほしくて」


ぎゅう、紫苑は強く目をつむった。
真っ暗の世界で銀時の声を静かに待つ。
たった数秒足らずの沈黙をなぜだかとても長く感じて、彼女の胸で鼓動するそれは次第に速さを増していく。


「…………」

「……紫苑、」

「っ…」


呼ばれたその名を酷く懐かしく感じたのは何故だろう。
普段では考えられないほどの優しい声色で紡がれた自分の名に、悲しくもないのに涙腺が緩む。

銀時の手がふわりと自分の頬を包むのを、彼女はまぶたを閉じたままに感じた。


「ごめんな」


その声はとても遠くで、聞こえた。

とある比例方式



 
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