あのあと辰馬に呼ばれた紫苑は桂の部屋へと向かった。
そこには背中に包帯を幾重にも巻いた桂が布団の上で目を覚ましていて、彼女は高杉から聞いた話を彼の口からも聞かせてもらった。
話をしている間の桂の顔は始終悲痛にゆがんでおり、紫苑には痛いほどに彼の気持ちが伝わる。
そのあと心配そうに銀時の様子はと尋ねる桂に、彼女が返したのは笑顔と、嘘。
「銀ちゃんなら大丈夫、だから小太郎は何も心配しないで」
紫苑はこの日この時、生まれて初めて桂に嘘をついた。
なぜならば今の彼女の一番の願いはとにかく桂に早く怪我を治してもらうことだったからだ。
否、それだけではない。
あのようなことがあったことなど、彼女が桂に言えるわけが無かった。
そして後にも先にも、この日の真実を知るのはたったの三人だけとなる。
そして翌日、昨日から続いていた戦は後半戦へと突入した。
この日もまた紫苑と辰馬は同じ部隊に配属されており、今は静かに開戦の合図を待っていたところだ。
「辰ちゃん、小太郎は?」
「今日は拠点に待機させちゅうき心配いらんぜお。…とは言ってもあの怪我じゃ当分は動くのも辛いじゃろうのう…」
「そっか…。うん、分かった」
「……紫苑?」
「ん…、どうしたの?」
「おんし、今日はいつもと感じが違うぜお。何かあったがか?」
「え、何もないよ!あはは…どっか変だった?私」
「…いや、きっとわしの勘違いじゃの。今のは忘れてくれてええき」
辰馬がそう言って笑ったと同時に開戦の合図が鳴り響く。
紫苑と辰馬は互いに顔を見合わせると同時に、天人の集団へと向かって駆けだした。
「紅蝶々」
口々に囁かれる通り名に鼓膜を震わせながら紫苑は地を蹴る。
襲いかかってくる敵の一太刀を片方の刀で受け流し、もう片方の刀で素早く的確に急所を突く。
(もっと速く、速く)
駆ける姿はもはや残像でしか天人の視界には映らない。
彼女の弱点、それは力の強さ。
これまでにどれだけ鍛錬を重ねていようが、やはり男女の力の差は歴然だった。
だからこそそれを補うために、彼女はひたすらに駆ける、飛ぶ、廻る。
汚らしい血潮を纏い、さながら蝶々のごとく今日も颯爽と戦場を舞うのだ。
どれくらいたっただろう。
紫苑の見渡す限り辺りには倒れた天人と仲間たちが横たわっている。
虚ろな目をしてそれを眺める彼女が両手に握る剣も、血と油で最早使い物にならない。
「……、っ…」
そろそろ足にも限界が来たのか、少しでも力を抜けばいとも簡単に崩れ落ちてしまいそうになる体。
片膝をつき、肩を上下させて呼吸をととのえていたその時だ。
聞き慣れたある音が彼女の耳に届いた。
「……、まだ遠い…かな」
そう呟いた彼女は重たい腰を持ち上げ、ゆっくりと立ち上がる。
ここで休んでいる暇など無いのだろう。
何故ならば微かに聞こえたその音は、血潮が体から吹き出す際に耳にする、あの生々しい不快音だったのだから。
気配を消し、音のした方へと近づいていく紫苑。徐々に濃くなっていく死臭に思わず眉を歪めた。
「…ひど……」
血の海、とはまさにこのことを言うのだろう。
まるでわざと楽しんでそうしているかのように、どの亡骸も首筋にある動脈をざっくりと裂かれていて、皆同様に体から大量の血を吹いて絶命している。
しかし不思議なことに、同じような致命傷を負って倒れているのは天人ばかり。
あまりに不自然だとは感じながらも死体には極力目を向けず、紫苑は鞘から刀を抜いて辺りの気配を探る。
先ほどからずっと死臭に混じって恐ろしいほどの殺気があたり一帯に漂っているのだ。
これまでの経験からして、これを行った者はまだ近くに居るはず。
無意識のうちに紫苑はごくりとのどを鳴らした。
「どこに………、!?」
ふいに目の端に映った影に気づいたとたんに彼女の警戒心は驚愕によってかき消された。
紫苑が捉えた姿は天人でも侍でもない、戦場にぽつんと佇むまだ幼い子供だったのだ。
未だ殺気の残るこの場に子供が居る。
それがどれほど危険かなんて、火を見るよりも明らかだった。
「な、なんでこんなところに…!」
そう口にするやいなや、すぐさまその子供の元に向かって走り出した紫苑は大きく叫んだ。
「きみ、今すぐここから離れて!」
その声に反応した幼子はぴくり肩を揺らし、ゆっくりと彼女の方を振り向く。
「……おねーさん、だあれ?」
ふわり、桃色の短い三つ編みが風に揺れ、蒼い双眼が紫苑の姿を捉えた。
がらくた世界にて
もう二度と動かないものばかりが伏している、そんな場所には到底似合わない色をした何かを見つけた。