「……、」

「途切れ途切れだったがヅラが言うにはそういうことらしい。俺ァ「…なの、」……あ?」

「その生き残った二人って誰なの」

「誰って、それ聞いてどうす…、」


その瞬間高杉が感じとったのはぴりぴりと肌に突き刺さるような空気。
言うまでもなくこれは殺気そのもの。

しかし戦場で常に最前線をいく彼にしてみれば、殺気を向けられることなど日常茶飯事であり、とるに足りないこと。

だがしかしこの時ばかりは違った。

感じたことのないほどの禍々しい殺気、それは本当に目の前にいる少女から発されているものなのかと高杉は密かに息を詰まらせる。


「おまえ……」


ふいに紫苑の前髪から覗いた目が高杉のそれと見合う。
ぎくり、高杉の背が強張った。

(なんだ、これは。)

胸の鼓動がひどく煩い。

(怖えってのか?この俺が、紫苑を?)

にわかに信じられないが事実、これは戦場で幾度も味わった、危険信号の他ならない。

そんな時だ。顔には出さすにひとり狼狽する高杉をおいて、紫苑は目を細めて薄く笑った。


「教えて晋助、誰なの?」

「…、少し落ち着け」

「落ち着いてるよ。自分でもびっくりするくらいね」

「……ちげぇ、おめぇはそんな風には笑わねえ」

「知らない…、そんなの知らない。ごめん晋助、私行くね」

「っ、待てよ!」

「…………なに」

「俺ァいま銀時の話をして…」

「許すとか許さないとか、そんな問題じゃない」

「……は、?」

「ごめん晋助、わたし最低だ。でも、…無理だよ。抑えられないよ」

「紫苑…?」

「どうして銀ちゃんだけが…っ、よりにもよって何で、」

「……」

「相手が天人なら痛みをぶつけてやれる、何も知らないくせにって言い返せる。でも…、」


紫苑は爪が皮膚にくい込むほど強く、強く手を握る。

銀時が仲間から畏怖の眼差しを向けられたことが今までに何度かあったことを紫苑は知っていた。

だが所詮それははっきりとしたものではない。気を逸らそうとすればできたものだったのだ。

今回もまたそれと同じようなことがあって、たまたま銀時の心情が脆くなった時に起きたのだと、彼女は根拠もなくそう思っていた。

が、現実は想像していたよりも遥かに残酷なものだった。

よく考えれば分かったはずなのだ。
彼があれほど取り乱すことなど、これまでに一度も無かったことなのに。


「ずっと一緒に戦って…護ってきた仲間にそんなことを言われるなんて。
"バケモノ"と言われるなんて、っ!」

「………」

「そんなの酷いってもんじゃないよ!」


怒号する彼女の様を高杉は始終苦虫を噛み潰したような表情をして、ただただ黙って見つめるばかり。


「それでもきっと銀ちゃんはその人たちには何もしない、何も言わない。仕方ないことだと、自分の感情を犠牲にして」

「……」

「でも、私は違う…よ」

「紫苑、?」

「私、私は…銀ちゃんみたいに強くなれない、強くなんて…いられない」


悲哀を、憂いを、憤怒を、…憎悪を、


「抑えることなんてできないよ…!」


そうして走り出した紫苑の腕をふたたび高杉が強くつかむ。


「っ、離して晋助!」

「だめだ、…お前何するつもりだ」

「っ、晋助には関係な…」

「俺だってなァ…」


高杉が発した低い声に、一瞬紫苑の動きが止まる。


「俺だって銀時をバケモンなんて言ったヤツらを何とも思ってねぇわけじゃねぇんだよ」

「なら…どうしてっ、」

「…悪いが俺もそんなにできた人間じゃねぇってことだ」

「どういう、こと?」


高杉が紫苑を見つめると、今にもこぼれ落ちそうな涙が紫苑の瞳でゆれていた。

こんな時でもとくりと高鳴る己の心臓はイカレてるのではないかと思う。

自嘲するように口角を緩めた彼は、それを隠すように顔を伏せ、掴んでいた紫苑の腕を強く引いた。

とたんに紫苑の体がすっぽりと高杉の腕の中におさまる。

突然のことに身体を固くする紫苑の耳に唇を寄せ、彼は小さく囁いた。


「俺にとっちゃお前が傷つくこと以上に許せねぇことなんかねぇんだよ」


それは言葉で、それは本心で、


「紫苑、俺ァ……」

「……?」


しかしその瞬間、高杉の胸にはひとつの小さな波紋が生まれた。
それは次第に大きくなっていき、彼の言葉に歯止めをかけようとする。


「俺、は……」

「晋助…?どうし…「紫苑ー!どこじゃー!」


途切れた高杉の言葉の変わりに彼女の意識を支配したのは辰馬の声だった。


「っ、辰ちゃん…?」

「紫苑ー!どこにおるがかー!」

「……、晋助。わたし行くね」

「………」

「じゃあ、ね」


部屋を出ようとする紫苑の腕を引き止める手はもうない。

紫苑が完全に部屋を出たあと、部屋に残された高杉はまたもや己を嘲るようにして笑う、嗤う。


「……なんだ、結局俺ァ怖ぇだけか」


ただこの想いを伝えたいと思った。
それだけだった。

───なのに、

あの時、胸に広がった波紋は"不安"以外の何者でもない。

分かったのだ、直感で。
今なにを言ってもどうにもならないと。

なぜならば向かい合っている間も紫苑の目に写っていたのは俺ではなく、銀時だったのだから。


「けど…、今回ばかりはそんなこと思ってる場合じゃねぇよなァ…?」


そうだ。自分のことなど今はどうでもいい。紫苑の気持ちすらも、どうでもいいのだ。

銀時が紫苑を傷つけたのは事実だ。それを紫苑が許したとしても、俺は絶対に許さねぇ。

俺が、紫苑を護る。
紫苑の気持ちをも変えてやる。


「無理やりにでも…、奪ってやるよ」


あまつさえ失う


少女が去った部屋でひとつの決断を己に下したのは二人の自称臆病者。

それは真逆のようで、同じ決意。

それはたった一人の少女を護りたいと願った、ふたつの答えだった。




 
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