「桂小太郎の首をとったぞ」


もはやどの天人が叫んだかなど分かりはしない。
そこにいた天人のほとんどがそうやって歓喜の声をあげていた。

一方で銀時が唇を噛み締める。


「っ、ちくしょう!起きろヅラ!!」


しかし伏せた桂の身体から流れる赤は止まらない。────止まらない


「………、っ」


その時、桂に庇われた仲間がようやく我に帰ったかのように口を開いた。


「さ、坂田さん…俺っ」

「………後ろに居ろ。ヅラを頼む」

「でもっ、伝達が!」

「いいから、動くな」

「坂田さ…っ」

「動くな!!!」


この時はじめて銀時と仲間の目が合う。
焦りを宿していた仲間の目が一瞬にして恐怖に凍りついたのを銀時は見た。


(…俺ァ今どんな顔してんだ)


しかし今はそれに気を配る暇などない。
一刻もはやく辺りの天人を片付けなければ桂の命が危ういのだ。

銀時は刀をきつく握りしめ、天人を睨みつけながら言う。


「お前らは自分とヅラのことだけを考えろ。あとは俺がやる」

「……あとはって…まさかここに居る天人すべてを一人で相手するつもりですか?!いくらあなたでも無茶です!」

「………」

「坂田さん!!」


震える声で訴えかける仲間の言葉には耳をかさず、一歩をふみだす銀時。

飽きもせずに騒ぎ立てる天人の濁声に殺気を強めながら駆け出そうとした、そのときだ。


「……、銀…時」

「!!」

「銀時…、行くな、逃…げろ」

「………」

「この数相手に、一人など、無謀だ…」

「わりぃな、ヅラ」

「…ぎ……、」

「そりゃ無理だ」


そうして駆け出した彼は息をつく間もなく次々に天人を斬り伏せてゆく。
騒ぐのをやめた天人たちもそれに応戦すべく、銀時に襲いかかった。

もはや誰のものとも分からぬ血潮が茜空に赤々と舞い散り、互いに溶け合ってしまいそうなその色は地面をも染め上げていく。

多勢に無勢とは正にこのこと。
いくら何でもこの差は酷すぎた。

だがしかし銀時は決してその足を後退させることない。
なぜならば彼の後ろには護るべき仲間がまだ生きて居るからだ。

背中の肉を裂かれ、わき腹を抉られ、左腕の腱を断たれても、彼が動きを止めることは無かった。
自分が膝をつくということがどのような意味を持つのか、彼は知っていた。


「あああああああああ」


吐血し続けながらも止まない咆哮。
彼の動きはもはや人間のそれとは別の何かになり果てていた。

天人に向けられる眼光は紅く紅く、殺気に溢れかえっている。
それを見た天人たちが恐怖におののくまでにそう時間はかからなかった。
中には命ごいをする者まで居たという。

しかし決まって彼が返した言葉は──


「わりぃがテメェらに持ち合わせてる慈悲なんざねぇんだよ」


ぎらつく殺気を放ち、凍てついた目でそう言い放つと首を切り落としていく。

そして響き渡る断末魔の叫び声。

そんな光景を見て震え上がったのは天人だけではなかった。















数時間後、ぽつんと佇む赤い影。

あたり一面真っ赤に染まり、死臭がただようその場にたったひとり、頭から血をかぶって空を仰ぎ見るその姿はまさに夜叉。

しばらくそうした後ふらりと足を進め彼が向かうは桂と生き残った仲間のもと。


「…おい、」


銀時の声にびくりと跳ねたのは桂を守るようにして刀を握る仲間の肩。

身体の痛みにこらえ、天人にやられた腕を押さえながら彼らに近づけば桂の姿が目に入った。
微かだが胸が上下しているのを確認し、小さく息をつくと仲間の方を向く。


「ありがとな、こいつ護ってくれて…」

「……ぁ、」

「おめぇらも怪我してねぇか…?
とりあえず早く桂連れて…」

「………ば」

「え……、」

「ば、ばけ、化け物!化け物っ、殺さないで、っ、殺さないでくれ!」

「あ、ぁ、あ……ご、めんなさい、ごめんなさい!!殺さないで!」

「殺さないで!殺さ、ないで…!!」


その声を聞いた銀時は大きく目を見開くと同時にすぐさま顔を伏せ、彼らに背を向けて足を引きずってできるかぎり遠退いた。

そして背を向けたまま、静かにゆっくりと口を開く。


「………、なら俺はいいから、桂を早く連れて帰ってやってくれ」

「………っ、」

「…頼む」


すると生き残った二人の仲間は銀時から目をそらし、桂をかえりみる。

桂はうっすらと目を開き、額に汗をにじませ、懸命に何か喋ろうとする素振りを見せるが、その口から声が発されることはなく、ぱくぱくとこぼれ落ちるのは空気ばかり。

そんな彼の様子を見た二人は唇をかみしめ、桂を担いだ。
そして銀時の横を何も言わずに通り過ぎて拠点へと向かってゆっくりと足を進めていく。


彼らの背中が遠退いたのを確認した銀時はふと空を見上げた。


そこにはいつかの廃寺にて、五人で共に見上げた満天の空を思い出すような、なんとも美しい星空が広がっていた。


視界を塞ぐが散る


泣きだしたくて、叫びだしたくて、ひたすらに世界が怖くて、怖くて、他の何よりも大切な人物たちの名を思わず紡ぎ出した。


「桂……、高杉……、辰馬……、
………紫苑…っ」


なぁ教えてくれ、ならば俺はどうするべきだったんだ。

──返ってくる声は、ない。



 
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