一方、高杉と紫苑は廊下を足早に歩いていた。彼女の手を引いて前を歩く高杉に何と声をかけていいか分からず、紫苑も黙ったまま高杉の背を見つめ、彼についてゆく。
そうしてたどり着いたのは高杉の自室で、高杉は部屋に紫苑を引き入れると、勢いよく襖を閉める。ようやく向かい合った高杉の瞳は怒りにも悲しみにも似た色を浮かべていて、紫苑は思わず目をそらした。
(晋助にこんな顔させてるの、私だ)
紫苑がきゅっと唇を結んだその時、高杉の影が小さく動いた。
「………銀時に何された…?」
「………、何も、されてないよ」
「っ、なら何で泣いてた…!」
「…泣いて、なんか…」
「じゃあこれァ何だ!!」
「きゃ、!」
そう言った高杉は紫苑の着物のあわせめに手をかけ、襟を大きく開く。そうして現れたのは乱れたサラシと白い肌に咲き誇る赤い花弁。
「っ…、これで何もないって言われても納得できるわけねぇだろがっ!!」
「で、でも銀ちゃんは、銀ちゃんは本当に悪くなくて…!」
「おめぇがどう思おうが俺ァぜってぇ許さねえ!おめぇを傷つけるやつは誰だって…、たとえそれがおめぇ自身だって許さねえ!」
「え…」
「おめぇは自分で分かってるはずだ。どんなことがあってもなァ、許されること許さねえことがある。銀時はやっちゃならねぇことをやった」
「そ、れは…っ、」
「仕方なかったってか?あいつが傷ついてたから?よりにもよって仲間に傷つけられたから?」
高杉のその言葉に目を見開く紫苑。疑問が思考を遮り、それしか考えられなくなる。──どうして、
「どうして、そんなことを…?」
「……ヅラが目を覚ました」
「っ、小太郎が?!無事なの?!」
「あァ…ついさっきな。そん時に今日の話、聞いたんだ」
「今日の…、」
「………」
時は夕暮れ。桂と銀時の隊が帰還しようとしていた時のことだ。多少の負傷者はでたが戦死者ゼロという快挙をあげ、今日は勝ち戦だと皆で腕を組み、拠点へと戻る道中、銀時だけが浮かない顔をしていた。
そんな彼の様子に気がついた桂が彼の傍に寄り、話しかける。
「どうした銀時。どこか痛むのか?」
「いや…今日は怪我なんざしてねぇ」
「ならばその顔はなんだ?まるで負け戦のあとのような顔だぞ。今日はよい結果が出せたというのに、お前は怪我すらしてないんだろう?」
「…だからだ」
「ん?」
「おかしいんだよ、今日のヤツら。いつもなら俺を一気に攻めてくるのに、今日はそれがなかった。いや、それだけじゃねぇ…。……そうだ、少なかった。天人のヤツら自体の人数が極端に少なかったんだ」
「それはどういう…「ぎゃああああああ!!」
突如響き渡った断末魔の叫び声が桂の声を遮る。二人は目を見開き、瞬時に刀を構えるが、未だ状況が呑み込めない。
「どうした!何があった!!」
「桂さん!!天人が攻め…っぐああっ」
「っ、銀時…」
「あぁ、最悪だな」
目の前にぞろぞろと姿を表すのは目を疑うほどの天人の大群。
「白夜叉はどこだ」
「桂小太郎はいるか」
口々に聞こえるのはその二名の名。どうやら狙いは二人の首らしいとそこに居た全員が悟る。
銀時はというと、昼間の天人の数が少ないと感じたのはこちらに大半が潜んでいたからかと一人眉をゆがめていた。
冗談じゃない。こちらの軍勢は向こうの十分の一にも満たないのが視認できるほどなんだぞ、と銀時が舌を打った。と、同時にどっと押し寄せてくる天人。
銀時たち攘夷志士はそれを迎え撃つ。だがしかし一人、また一人と仲間が倒れてゆく様を見て、このままでは全滅だと判断したのか、すぐさま仲間に向けて桂が叫んだ。
「こいつらの狙いは俺と銀時だ、俺たちが時間を稼ぐ!お前らは先に戻って援軍を呼んできてくれ!」
「そんな…!こんな大群をたった二人で相手するなんて無茶です!死ぬおつもりですか?!」
「どちらにせよこのままでは助からん、だからどうしても援軍が必要なのだ!はやく行け!」
それを聞いた銀時は目を細める。桂の意見は正しい。しかし嘘が混ざっている。
本当は援軍を呼んでも間に合わないことを桂は分かっているのだ。しかしここで全滅するくらいならば仲間だけでも逃がす道を選ぶ。それが彼の本音だろう。それは銀時だって同じだった。
「っ、桂さん…!必ず、必ず生きて待っていて下さいよ!」
「あぁ、頼んだぞ」
悲痛な表情を浮かべる仲間に対して、桂はふわりと微笑んだ。血なまぐさいこの戦場にまるで似合わないその笑顔を見て銀時も覚悟を決めたのか、ふと口角をあげる。
「……巻き込んですまない、銀時」
「巻き込む?馬鹿言ってんじゃねえ。
もともと俺の首だって狙われてたんだ。…それに俺ァこんなところで死ぬつもりなんざ微塵もねえよ」
「……ふ、そうか」
そう言って目を合わせた二人は小さく笑い、ふたたび天人の波に身を投げようとした。
しかしその時だ。
援軍を呼ぶため、走り出そうとした仲間の背後に見えたのは大きな斧のような武器を振りかぶる天人。
それに気づいて目を見開いたのは銀時と桂、ただ二人だけだった。
その刹那、銀時の隣にあった影が消える。その影をつかもうととっさに伸ばした銀時の手のひらは無情にも空をきった。
そして次の瞬間、血飛沫が空高く舞う。
頭から血を被った青年はがくがくと震える足をぺたりと地につけ、口を開いた。
「え…あ…桂、さん…。桂さ、っ!うあああああああ」
宵の口で見た悪夢
あたりに天人の歓声が響き渡った。
その声に、夜叉(おに)が目を覚ます。