「銀ちゃんのことが、すきだよ」
銀時はその言葉の意味を頭で理解するまでに数秒を要した。なぜならば彼が知る限り、それはこのような状況で打ち明けるものでは無かったはずだからだ。
しかし彼の鼓膜に届いた声は、涙を零して微笑む紫苑の口から確かに、今、発せられたもの。
うまく頭が回らない。さっきまでとはまた違う混乱が銀時の脳内をぐるぐると旋回する。しかし唇はそれに反し、勝手に言葉をこぼし始めた。
「お、れは…」
その時だ。真っ暗だった部屋に一筋の光が差し込んだ。
二人がそちらを向くよりも早く、聞き慣れた声が鼓膜に届く。
「起きろ紫苑、ヅラ達が帰ってきたみてぇなんだが…、」
ためらいなく開かれた襖から顔を出したのは高杉だった。
さきほど紫苑と別れたときに交わした言葉の通り、桂たちの帰還を伝えるために紫苑の部屋に訪れたのだろう。
部屋に灯りが灯っていないのを見て、彼女が寝ているのだと思ったのだろうが、その目が写したのは思いもしなかった光景。
瞬間、まるで空気が消失したかのようにその場にいた三人は息を止めた。
しかしそれもつかの間のこと。
「し、しんす…」
瞬く間とはまさにこのことなのだろう。
紫苑が男の名を呼ぼうとした瞬間、彼女たちから少し離れた場所に立っていたはずの高杉が突然ふと消えたかと思うと紫苑の目の前にいた銀時が吹き飛んだ。
派手な音をたてて背中を打ちつけた銀時が激しく咳き込む。
思わず目を見開いた紫苑が上を見上げれば、瞳孔を開き、身震いするほどの殺気を発する高杉の姿があった。
高杉の視線が紫苑に向けられる。
彼の目に映るのははだけた着物に身を包む紫苑の姿、髪紐がほどけて布団に散らばる彼女の長い髪。
そして頬を濡らすそれを目にした瞬間、目を見開き、戦場でも感じたことのないほどの殺気を銀時に向ける。
「…殺す」
地を這うような低い声とぎらつく眼孔に確かな殺意を感じとった銀時は無意識のうちに刀を抜く。
皮肉にも戦場で培ったその反射力が幸いし、寸でのところで高杉から繰り出された一太刀を受け止めた。
しかしそれは所詮肉体の条件反射。白夜叉と謳われる銀時の目をもってしても、今の高杉の一太刀はおろか、抜刀の瞬間さえ見極めることはかなわなかった。
今まで見たことのない程のそのスピードに驚きの色を隠せない銀時。
その一方で高杉はそんなことなどお構いなしとばかりに更に刀を振るう。
再び部屋に響きわたる鋭い金属音。それに反応したのは座りこんだまま動けなかった紫苑だった。はっとした紫苑はすぐに立ち上がり、高杉の元へ駆ける。
「晋助、やめて!」
紫苑が刀を振り上げる高杉の背中を抱き込んで制そうとするが、高杉の目が紫苑の方を向くことはない。彼はただひたすらに銀時に向けて憎悪の眼差しを注いでいる。
「…銀時ィ、てめぇこいつに何した?」
「……」
「何したって、聞いてんだよ!!」
「晋助っ、しんすけっ!お願いだから止めて、話を聞いて…っ」
「っ、…」
「お願い…っ、」
「……」
悲痛に歪んだ顔で紫苑が懇願すれば、掲げられた刀がゆっくりと降ろされた。
ほっとしたのか、それを見た紫苑が腕の力を抜くと、すぐさま高杉はひったくるようにして紫苑の腕をつかみ、襖の方へと引っ張っていく。
突然のことに紫苑は抵抗する暇も与えられぬまま、高杉の手に導かれ、部屋の外へと出て行った。
そんな二人の姿を部屋の壁に背を預けたまま無言で見つめる銀時の表情は、ただただ影るばかり。
静かになった部屋にとり残された彼は独りぽつりと呟いた。
「…俺だって…。誰よりも、これから先もずっと…紫苑のことが好きだ、っ…、…愛してんだ…!」
その言葉と共につうと彼の頬を伝うのは透明な彼の想いの塊。
「だからもう、俺ァ……」
交差するサヨナラ
「この想いを伝える事は許されねえ」
この決意がこの先どんな未来をもたらすのかなんて、知りゃあしないけれど、これだけが唯一の確かなことだということは、分かる。