いつかのこと。
遥かな約束。
大好きな彼と交わしたもの。
「ねえ先生、すきってなあに?」
「おや紫苑。突然どうしました?」
「うん。あのね、今日村塾の子から言われたんだ。銀ちゃん達にも聞いたんだけど分からないって。それに私がそれ聞いたら銀ちゃんと晋助、怒ってどっか行っちゃったの」
「おやおや、そうだったんですか。…うーん、難しいですね」
「先生にも難しいの?」
「ふふ、人の気持ちとは口では表しにくいものですから」
「へえー」
「そうですねえ…、では紫苑。紫苑は銀時や小太郎たちのこと、どう思いますか?」
「銀ちゃんたち?うんとね…、ええと…、とってもあったかいよ。ずうっと一緒に居たいって思う。あ、もちろん先生もだよ!」
「ふふ、ありがとう紫苑。紫苑が今言ってくれたそれも好きのひとつです。けれど紫苑に好きだと言ったその子の好きと紫苑の好きはまた少し違うものなのですよ」
「違うの?じゃあその子のすきはどんなものなの?」
「はっきりこれだとは言えませんが…強いて言うならたった一人の人を愛おしいと思うこと、でしょうか」
「愛おしい?愛おしいってなあに?」
「その人と居るとどきどきしたり、胸が苦しくなったり、どうしようもなく幸せを感じたりすることです」
「ふうん…、愛おしいってなんだか忙しいんだね!私には難しそーだなあ…」
「ふふ、本当ですね。でもね紫苑…」
きっとこの先、君にも愛おしいと思える人が現れるでしょう。
けれど君のことだから、そのことに気がつくまでにたくさん時間がかかるかもしれませんね。
でもそれは決して悪いことではないんですよ。なぜならばそれは君が傍に居る人みんなを平等に大切にしているという証だから。
そのかわり、自分の気持ちに気づいたその時はちゃんとそれを伝えておやり。
気持ちを伝えるのは勇気がいることだけれど、伝えられる時に伝えておかないと手遅れになる時もあります。
それはすごく辛いことだから。
人を愛する気持ちは生きてゆく中でとても大切なもの、後悔だけはしてほしくないのです。
だから約束しましょう。
きっと後悔はしないように。
私は紫苑の幸せをずっと願ってます。
あ、それともうひとつ。
もしよかったら二番目には私に教えて下さいね。
ふふ、これでも私は紫苑を自分の娘だと思ってるんですから──…。
穏やかに笑ってそう言った先生は、一番に先生に教えてあげるねと即座に答えた私を見て、もう一度優しく微笑んで頭を撫でてくれた。
そんな先生はもうこの世界には居ない。
ごめんなさい先生、結局一番に教えることはできなかったけれど…。
けれど先生のことだから、もしかしたら私の気持ちなんてとっくに分かってたのかもしれないね。
答えは分からない、それはいつか私が先生のもとへ逝くまでずっとそのままだけれど、ねえ先生。
私、約束守ったよ。
後悔だってしてないよ。
今やっと愛おしいってことが何か解ったような気がするんだ。
たしかにこれは口で表すのは難しいね。
ただただ私はひたすらに彼と、銀ちゃんと共に生きたいと思うのです。
彼は暖かくて、子供っぽくて、すごく我が儘で、そしてとても脆い。
けれどそれをすべて包み込むくらいの優しさを持っているひと。
あんまり優しい人だから、今のように崩れてしまうときもあるけれど、
だからなのかな、胸がくるしくなる。もし私が彼の苦しみや痛みのすべてを受け取れるのならそれはどんなに素敵だろう、なんて思ってしまうんだ。
つまりそれが恋なのかな。
その人のすべてに恋することが、愛しいということなのかな。
ねえ、銀ちゃん。私は──…
「銀ちゃんのことが、好きだよ」
くちずさんで愛の唄
言葉にこもる意味よりも感情の方が先にあふれて声帯を震わした。
そして少女は愛を紡ぐ。