とても緩いですが一応観覧注意。


















静かな部屋の中で聞こえるのは銀時と紫苑の息づかいだけ。銀時は紫苑を組み敷いてただただ彼女を見下ろしている。一方紫苑は溢れる涙を抑えようともせず、しゃくりあげながら銀時を見つめるばかり。

いつもとはあきらかに違う空気が、二人の間に流れていた。


「何おまえ、まじで何も拒まねぇの」

「ひっく、…っ」

「馬鹿じゃね?」

「……ぎ、んちゃ」

「うっわ、その顔で名前呼ぶのはねぇだろ。すげぇそそられるんですけど。わざとやってんの?」

「っ、こんなの、やだ…」

「あぁ?近づくなっつったのに近づいてきたお前がわりぃだろ」

「ひ…!あっ」


舐めるように首筋に甘く噛みつき、紅い花弁を咲かせていく銀時に驚いた紫苑は、思わず小さな悲鳴を漏らした。

その様子を見た銀時はこれまた無表情に嗤って言う。


「何、お前まじで誘ってたの?」

「ちが…!」

「わねぇだろ。馬鹿みてぇにイイ声出しやがってよォ」

「…っ、やあ」


銀時の手が紫苑の身体をまざくるようにして這う。胸に巻いているサラシがゆるんだところで、銀時の手がふたつの膨らみに触れ、紫苑は声にならない叫び声を上げた。
そうして上から下へ、徐々に移動していく経験したことのない感触は紫苑の背筋を凍らせる。
こぼれ落ちる涙は止まらない。


「…っ!や…、いたいよっ、銀ちゃ…」

「……、」

「やだ、やだ、や、っうあ…ぁ」


悲しいなんて、そんなもんじゃない。
辛いとか、そんなものは通り越した。

何よりも誰よりも大切な人がまるで自分の知らない人になってしまったようで、その恐怖に紫苑はひたすら怯えていた。

どうしてこうなったの。
何が彼をこうさせたの。
私が知っている彼はこんなことをする人間じゃあない。

優しくて優しくて、ひたすらにまっすぐ笑う彼は…





「俺ぁこのところ天人なんかより白夜叉の方が怖いね。」

「違ぇねえ……恐ろしいぜ、ありゃあバケモンだ。」






「…、ぁ……」





ぴたり。

突然銀時は手を止め、目を見開く。見ると驚愕する銀時の右頬を包み込むそうにして紫苑の手のひらが添えられていた。思いもよらない紫苑の行動に、銀時は息をするのも忘れる。

そして紫苑はふわりと微笑んだ。
つい先程の銀時と同じに、それはそれは哀しそうに微笑んだ。


「……っ、?」

「……銀ちゃん、銀ちゃんはなんにも悪くないよ」

「……ぁ、」

「ただ怖かっただけなんだよね?」


そうだ、きっとそうだったんだと紫苑は思う。誰よりも優しいあなただから、だからきっと怖かったんだね。

それは過去の傷。幼い頃の負の記憶。

ついさっき私がそうであったように、彼にだって過去の記憶は突然襲いかかってくるんだ。


「…人に嫌われてでも…、それよりもずっと怖いことがあるんだね」

「!」


それは食べ物や住む場所が無くなることでも、独り孤独に生きることでも、赤の他人に罵倒されることでもない。

それは……─────


「心を許した仲間から畏怖の眼差しを向けられること…」


とたんに銀時の肩が小さく跳ねた。
ああ、やはり。と紫苑は思う。やはり彼は夜叉と呼ぶにはあまりにも優しすぎるのだ。

何故ならもし彼が人々が言うような夜叉だと言うならばその夜叉というものはこのような恐怖心をもつ生き物であろうか。

───否、こんなにも人間らしい夜叉など居るはずがない。

坂田銀時はひとりの人間だ。

そんな簡単なことを何故周りは受け入れようとしないのだと、もう何度思ったことか。…だがそう思っていただけで、その時が来るのをただ待っていたばかりの自分にも非があることを忘れたわけではない。

だけどどうしても今自分の口から彼に…銀ちゃんに伝えたいことがある。


「…ねえ、銀ちゃん。これだけは忘れないで。銀ちゃんが何したって、どんなことしたって、私はあなたのことを嫌いになったりなんてしないよ。…嫌いになんてなれないよ」


そしていま何よりも伝えたかったこと。
それはまぎれもない事実であり、真実。


「あなたは坂田銀時。白夜叉なんかじゃない、ただの私たちの大切な幼なじみ。坂田銀時なんだよ」


紫苑がそう言い切るやいなや、とたんに銀時は紫苑をかき抱いた。ぎうぎうと抱きしめる力は強く、紫苑は小さく声をもらすが、それにはお構いなしに腕の力は弱めない。

そして、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。


「なぁ…、どうしてお前は俺から離れようとしてくれない?どうして俺を独りにしてくれねーんだ…」

「……、そんなの…」

「…俺はな、紫苑。お前らが隣りに居てくれることが嬉しい一方で、いつも怖くて不安で仕方なかったんだ。いつ俺を恐れて離れていっちまうのかって考えたらたまんなくなる。

ようするに俺はただの臆病者なんだ。

恐がられて離れられる位なら、嫌われて離れられるほうがマシだ。なんて、馬鹿だろう?笑ってくれても構わねぇ。…それでも俺はお前にだけは…あんな目向けられたくねえんだ…っ」


抱きしめられているせいで紫苑が銀時の表情を見ることはかなわなかったが、顔を見ずとも分かる。

きっと彼は泣いている。もう長いことずっと。ここに帰って来た時からずうっとだ。

それは肉眼では見ることのできない涙だけれど、今だって確かにとめどなく彼からこぼれ落ちている。


「分かってる、これは俺のエゴだってことくらい。それに紫苑を巻き込んでるってことも…」

「…銀ちゃん、」

「だからもう断ち切ろうとしたんだ」


壊れ物を扱うように優しく、銀時の両頬をすくいあげるようにしてふわりと手を添える紫苑は至極至近距離で彼と視線を合わせる。

やっと向かい合った目と目は双方ともうっすらと涙の膜を張っていた。


「それなのに、」

「うん」

「やっぱり無理だった、っ!」

「うん」

「紫苑と一緒に居てぇんだ…っ」

「…うん。銀ちゃん、私もだよ」

「っごめん、ごめん紫苑!」


誰よりも護りたかった君なのに。


「俺はおめぇを傷つけた…っ」


俺のエゴが君を泣かせた。


「ごめ…「謝らないで」


なのにどうして、


「         」


どうしてお前はそうやって笑うんだ。


愛をぶ術はなく


嗚呼、艶やかに咲いた花のような笑顔は俺の知らない彼女のもの。

もう過去には戻れない。



 
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