何かが崩れる、音がした。





「何ごとじゃこの騒ぎは!」


ふいに聞こえてきた辰馬の声でぼやけていた紫苑の意識が現実へと引き戻される。振り向けば辰馬がこちらに向かって走ってきている姿が目に入った。


「辰ちゃん…っ、」

「紫苑!銀時!っ、何じゃ、これは…!……ヅラ?!」

「辰ちゃん!小太郎が、小太郎がっ…」

「落ち着け紫苑!銀時、おまんはなんちゃあないか?!ヅラを部屋に運ぶ!平気なら手を…」

「………」

「銀時!」

「坂本さん、俺ら手伝います!早く桂さんを!」

「すまん!頼む!」


そう言って瞬く間に桂を奥の部屋へと運んでゆく坂本と仲間たちを黙って見送る紫苑と銀時。銀時にいたっては先程からぴくりともその場から動こうとしないどころか声すら発しない。

そんな彼もいたる所に傷をおっているのは明白で、表情を引き締めた紫苑は朧気な意識を振り払い銀時に近づく。


「銀ちゃん、銀ちゃんも怪我の手当てしなくちゃ……」

「……」

「銀ちゃ…「おい聞いたか、今日の白夜叉のはなし…」…!」


ふいに耳に入る小さな声は背後から聞こえたもので、声の主である仲間たちはこちらに気がついていないことが分かる。


「ああ、白夜叉と桂さんの隊の方にかなりの天人がまわされてたって話だろ?」

「帰ってきたのは白夜叉と桂さんの他、たった二人…」

「その二人が言ってたんだよ、」

「天下の白夜叉様はさながら夜叉(おに)のようだったってな」

「っ、!」


だんだんと近づいてくる声に銀時が気づいていないはずがない。

紫苑が勢いよく銀時を見やればやはり無表情の銀時は何も映していない目で立ち尽くしているだけ。

しかし紫苑にとっては今の彼の状況こそが一番見たくなかった光景そのものだった。


「俺ぁこのところ天人なんかより白夜叉の方が怖いね」

「違ぇねえ……恐ろしいぜ、ありゃあバケモンだ」

「俺も……、っ!…紫苑、さん…?」


紫苑と目が合ってからようやくこちらに気づいたのか、驚愕する仲間の顔が目に入る。

その瞬間、たまらなくなった紫苑は銀時の手をひっつかみ駆け出した。動かない仲間たちを一度ぎろりと睨みつけることは忘れずに。









そして自室の襖を開け、銀時を中に押し入れた紫苑は彼と向かい合うようにして立った。


「…銀ちゃん、手当て…しよう?」


今ここで下手にさっきのことを口にするべきではないと悟った紫苑は、とにかく銀時からぽたりぽたりと落ちゆく鮮血をどうにかせねばと口を開く、が


「………いらねぇ」


ようやく聞こえた声は消えてしまいそうなほどに小さく掠れていて、その弱々しさに紫苑の方が泣きそうになる。が、彼女は下唇を噛み締めてそれに耐えた。


「駄目だよ、まだ血がでてる」

「いらねぇ、」

「っ、駄目だってば…!」

「いらねぇっつってんだろ!」


びくり、紫苑の肩が跳ねる。

それは普段彼に怒鳴られることなんて滅多にない紫苑の当然の反応だ。

だがそれを見た銀時はふと目を細めて笑った。──それはそれは、悲しそうに。


「ほら、おめぇだって俺のことが怖えんだろう?」

「ちっ違うよ!今のは驚いただけで…」

「だからいらねぇんだ」

「……、え…?」

「いらねぇ、いらねぇ!」

「ぎ、ぎんちゃ…」

「おまえなんかいらねぇ!」


その瞬間、まるで頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が紫苑を襲った。

要らない、必要ない、邪魔だ、消えろ、きえろキエロ。

誰かの声が頭に響く、これはいつかの記憶。そうだ、これは松陽先生と出会うまえの…。


「や、…やだ、やだ、ぁ…!」」


気づけば紫苑は銀時の血塗れた羽織りを握りしめ、あふれる涙をも無視して彼に訴えかけていた。


「いらない、なんて言わないで、っ!」


やっと見つけた居場所なの。
あなたが居たから見つけられたの。

そんなあなたに要らないと言われてしまったら、私は、私は……。


「どうせお前だって夜叉と呼ばれる俺のことを恐ろしく思うんだろう?」

「ちがっ、そんなわけな…」

「いい、もういい。俺に近づくな」

「う、っひっく…やだ、やだよ、っ」

「近づくなつってんだろ…」


だんだんと低くなってゆく銀時の声は刺々しく紫苑の心へと突き刺さる。

それでも紫苑は銀時の羽織りを握り締める力を弱めようとはしない。むしろどんどん強くなってゆく一方だ。

そして紫苑は願うように叫んだ。


「何があっても私は銀ちゃんを拒んだりしないよ、っ!!」


どうか届いて、私の想い。
あなたの隣りを歩いていたいの。

けれど無情にも返ってきたのは口角を僅かに上げただけの冷たい微笑みと何か蔑んだような返事だけ。


「…へぇ、じゃあさ」








とたんにふわりと身体が浮くような感覚。背中に感じた布団の感触で押し倒されたことを理解するのに、そう時間はかからなかった。

だが解らないことがひとつ。

(なんで私はいま押し倒されているの)

するとそんな紫苑に応えるかのように、銀時はにやりと嗤って言った。


「それは俺が今から何しても拒まないっつーこと?」


見たことのない彼の笑顔がまるで知らない人間を目の前にしているような錯覚を起こさせる。

このひとはだれ?
銀ちゃんはどこにいるの?
またいつもみたいに冗談だよ馬鹿って、笑ってみせてよ。


どうして、泣きそうに笑うの。


ノコエ

何かが崩れる、音がした。
無音の世界でそれは鮮明に響く。



 
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