「辰っちゃん!鬼兵隊は?!」

「林の奥で待機しとる!今回わしらは切り込み部隊みたいなもんぜお!」

「っ、それにしても、相手の数多すぎる気がするんだけど、ねっ!!」


降りかかってくる刀をひらりと避け、自分の刀を相手の懐に深く沈める。

辰馬と紫苑は話しながら何度もそれを繰り返していた。


「こりゃまいったのう!ヅラと銀時の隊はここから真逆に配置されとるき応援を呼ぶにも呼べん!」

「ほんっと、まいったまいった!」


そう言いつつもまるでそんな素振りさえ見せないふたり。しかし心根はそういうわけでもない。なぜならば彼ら二人が最も恐れているのは己の身体が傷つくことではなく、周りにいる仲間が傷つくことなのだから。

辰馬と紫苑は周りに気をくばりながら懸命に敵をなぎ倒していくが、未だに勝機は見いだせない。

ここは一旦下がって体制を整えたいとごろだがそうもいかない事実。切り込み部隊というのはそういうものだ。たとえ何十人死傷者が出ることになったとしても敵に向かうことを止めてはならない。それは勝つためというよりも敵を翻弄させるためという目的があるからだ。

攘夷志士の隊の中でもずば抜けた戦闘力を誇る鬼兵隊を前線に出さずに潜ませているのはそのためでもある。

だがそれもそろそろ限界だった。紫苑は一人、また一人と仲間が倒れていくのを見、唇を噛みしめる。


「っ、まだなの?!」

「まだじゃ!ヅラの合図がない限り鬼兵隊は動けん!!」

「小太郎、はやく…っ」


刹那、戦渦の中で角笛が鳴り響く。それは待ちに待った鬼兵隊出撃の合図。

紫苑が勢いよく辰馬の方に振り向くと、彼が少しほっとしたように微笑んだのが見えた。それにつられた紫苑も小さく息をつくが、それもつかの間。二人はすぐにまた敵に向かい刀を振るう。

その時だ。紫苑の一番近くに居た仲間が一瞬ふらついたのを紫苑は視界の端でとらえた。血を流しすぎたための一時的な貧血だったのだろう、が、運悪くその仲間の目の前には既に刀を振り上げる天人。

紫苑は目を見開いた。


「死ね、人間!!」


天人が刀を振り下ろす。未だに意識が定まらないのであろう、刀でそれを防ぐこともできない仲間は諦めたのか、ただただぼうっとその天人の方を向いているだけ。

(間に合わない…!)

疾風のごとく駆ける紫苑だが、その天人の刀を受け止めるには到底おいつけない距離。だがそれでも、

(まだ手は、届く…っ)

紫苑は今までだってたくさん周りで倒れていく仲間を見てきた。そのたびに己の中で何かが爆ぜるような感覚を感じながら。

彼女は知っていた。自分の限界を、まわりの者すべてを護れる力など持ってはいないということを。

だからこそ、せめて己の手が届く、それだけの範囲は……


ズバン、


鮮血が宙を舞う。

斬られるはずだった仲間の目に映るのは、彼を庇うようにして立つ紫苑の姿。

そしてぐらりと前に倒れる、……天人。


「──、何しゆうか阿呆」

「た、辰っちゃん…?」


間一髪のところで天人を後ろから切り倒したのは辰馬だった。しかしそこにあるのはいつもの彼とは到底似つかない、まるで別人のような冷たい目をした彼の姿。そんな辰馬に紫苑は暫し唖然とするが、そんな紫苑を無視して彼は仲間に近づいていく。


「おんし、もう限界じゃのう…。ヅラの合図もあったき、ここにはもうすぐ鬼兵隊が来る。わしらの役目はここまでじゃ。陣に戻るぜお」


そう言って仲間を肩に背負い、紫苑には目も向けぬまま去っていく辰馬。

紫苑はその様子をしばらくぼうっとして見ていたが、それもすぐに止め、彼女も陣へと歩き出した。














そして三人は隠れ家へと戻ると、傷ついた仲間を他の者にまかせた辰馬は帰り着いてからも口を開かずに一人すたすたと自室へと向かう。それを追う紫苑にはやはり目も向けない。


「辰っちゃん!」

「……」

「辰っちゃんってば!」

「……」


紫苑が必死に名を呼ぶも、まるで何も聞こえていないかのように辰馬は歩み止めない。そんな彼に困惑した紫苑は拳を握りしめて俯き、立ち止まった。


「…っ、何で怒ってるの…?」


呟くようにそう言えば、ようやくぴたりと立ち止まる辰馬。それにはっとした紫苑が顔を上げるとそこには冷たい無表情をはりつけた辰馬の顔。


「……別に怒っとりゃせん」

「…うそだ」


だってあなたのそんな顔、いままで見たことないもの。そう続くはずの言葉を飲み込んで、紫苑は違う疑問を口にする。


「なんで…?仲間は助かったし怪我だってしてないのに…、どうしてそんなに怒るの?」

「……」

「それに私、斬られる覚悟くらい…っ、そのくらいもうできて…「おんしは何も分かっちょらん!!」…っ、?」


突然声を荒げて叫んだ辰馬に目を剥いて驚く紫苑。なんせ彼がこんな風に怒りを露わにすることなどこれまでに一度もなかったのだから無理もない。

そして紫苑が何よりも驚いた原因。

それは怪我なんてしていないはずの彼が、まるで痛くてたまらないというふうに、泣いているように見えたからだ。


「辰っちゃ…、」

「おんしは…、」

「!」

「おんしは何のために戦いゆう?どうして刀を握った?」

「……」

「仲間を護りたい気持ちは痛いほどよう分かる。じゃがそれはおんしだけじゃない、ここにおる仲間はみんなそう思いよるぜお。みんな同じ志と覚悟をもっちゅう」

「……」

「その護りたい仲間が紫苑、もしおんしを庇って死んだとしたらどうする?」

「そんなの!耐えらるわけ…」

「じゃがおんしはそれをしようとしたじゃろう?」

「……っ、」

「……大義を忘れたらそこでおしまいじゃ、紫苑。ここにおる奴らはみんな生きるために戦いよるんじゃない。誰もが何かを護るために戦いゆう。それは国だったり、家族だったり、己の魂だったり、人それぞれじゃ。じゃがのう、そのどれもが共通するものが一つだけある」

「…?」

「命じゃ」

「……いのち」

「そう、どれもがそれと引き換えに護ることなどできん」


紫苑は目を見開いて言葉を失う。それを見た辰馬がゆっくりと紫苑の方へ近づいていった。


「…自分の命と引き換えに仲間を助けたとしても、その仲間は救われたことにはならん。むしろ深く傷つくじゃろう」

「……、」

「じゃけぇ紫苑…!頼むからっ、」


紫苑の肩をつかんだ辰馬の手に力が入る。かがむようにして紫苑と視線を合わせた彼の目は、いまにも泣き出してしまいそうなほどに、哀しみに揺れていた。


「頼むからもう二度と自分の命を投げるような真似はせんち約束してくれ…っ」


紫苑の瞳が自然と涙の膜が張る。そしてそれと同時に感じたこと、

(嗚呼、このひとも"あたたかい"な)

そうして思い返す幸せな過去。
あたたかい背中。
ぬくもり。

それらは無くなってなどいなかった。いまでも私のまわりにはあたたかい人たちがこんなにもいる。…そう思うだけで、私はこんな世界で笑って生きてゆける。


「辰っちゃん…ありがと」

「……」

「約束するよ、私の大儀を貫くこと。…私は本当の意味でみんなを護ってみせる。だから辰っちゃんも約束して?」

「わし?」

「うん。きっと辰っちゃんも自分の大儀を貫いて…、生きるって」

「……もちろんじゃ」


その言葉を聞くやいなや顔を上げてにっこりと笑みを見せた紫苑に辰馬はぱちくりと目を見張る。
すると紫苑は小指を目の前に持ち上げて言った。


「…よし!じゃあ小指だして!」

「へあ?」


紫苑の突然の申し出にぽかんとするも、素直に小指をだす辰馬。すると紫苑は自分の小指と辰馬のそれを絡め、にこにこと笑って歌い出す。


「うーそついたら針千本のーますっ」


そして紫苑の笑顔につられた辰馬もやっといつもの太陽のような笑顔で笑った。


「「ゆーびきった!」」


やくそくのゆび

希望ならまだ此処にある。



 
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