「すごい!人がいっぱい!」
日が完全に沈み、肌に触れる空気がひんやりと心地のよいものになってきた頃、紫苑と高杉は祭り会場にたどり着いた。
そして今、紫苑たちの目の前には普段見ることのできないような人の波があたり一面に広がっている。
「すごい人だねえ、晋助」
「あァ。……紫苑、はぐれんじゃねぇぞ。後がめんどくせぇからな」
「はーい!あ、りんご飴…」
「って、言ってるそばから何やってんだゴルァァァ!!」
「ふぐっ!」
ふらふらと自ら人の波に飲まれようとしていた紫苑を、すんでの所で彼女の襟首をつかんでくい止めたのは高杉だ。
紫苑は当然のごとく締まった首に手を添え、げほごほと咳き込んだ。
「っうぅ…、ば、ばか晋助!普通いきなり女の子の首締める?!」
「馬鹿はてめぇだろーが!なに言ってるそばから逸れようとしてやがる!」
「逸れようとなんかしてませんー。ちょっとそこまでりんご飴買いに行こうとしただけですぅー」
「あほ!おめぇがんなことできるわけねーだろうが!」
「りんご飴買うだけのことがそんなに難易度高いのかコノヤロー!!」
「安心しろ紫苑、おめぇのレベルが低いだけだ」
「はり倒すぞコラ」
「つうかあんな甘ぇもん食いたがるのはおめぇか銀時ぐれぇだろ、おえ」
「なに言ってんの!りんご飴こそお祭りの目玉!晋助も食べてみなよ、良さが分かるからさ」
「フン、んなもん分かりたくもねー」
「意地でも分からせてやるゥゥゥ!!」
「あっ、おい!」
そう言って再びりんご飴が売られている屋台へと向かおうとした紫苑の手にふいに温もりが伝わる。
急なことに驚いた彼女がそちらへと目を向けると、自分の手をしっかりと握っている、もう一つの手が見えた。
「………はぐれられちゃ適わねーからな。…離すんじゃねーぞ」
最後はぼそりと呟くようにそう言った高杉を見て、暫し目を丸くする紫苑。しかしすぐに彼女はぷいと彼に背を向け口を開いた。
「………、もー晋ちゃんったら寂しがり屋さんなんだからー」
「んなっ…!ざけんなコラ!誰が寂しがりだっつーの!」
「晋ちゃんがはぐれないように紫苑ちゃんがしっかり手ぇ繋いであげるからねー!」
「人の話を聞け!…って、あ?」
そこまで言って高杉が気づいたこと。手をつないでから一度も紫苑が目を合わせようとしない。
それがなんとなく不愉快で、思わず肩に手を掛けぐいとこちらを向かせた。
「おいこら」
「……な、なあに?晋ちゃん」
「…………」
次の瞬間、高杉の目に入ったのは真っ赤に染まった紫苑の顔。余裕の表情を作ってはいるがその色を隠すことはできておらず、繋いだ手も気のせいか、少し、熱い。
「……なに笑ってんの」
「…別に。オラ、行くぞ」
そう言って紫苑の手を引く高杉は確かに笑っていて、紫苑はそれに首を傾げながらも、大人しく彼について行く。
(手ぇ繋いだだけで真っ赤になるたァ思わなかったぜ)
くつりと笑う高杉にはもうさっきまでの不愉快な気持ちなどはひとかけらも残ってはいなくて、ただただ早くなる鼓動を胸の奥で感じていた、その時だ。
ドン、と紫苑と祭り客の肩がぶつかる。その衝撃にその手はつないだまま、紫苑と高杉が振り返る。
「ごめんなさい!」
「ああ、気にすんな」
「……、え」
「ん?」
ぶつかった人物を見て驚愕する紫苑と顔をひきつらせる高杉。
そしてぶつかった人物が紫苑から高杉へと視線を映した瞬間だった。
「は?!おまっ、高杉?!」
「……チッ、」
「ぎ、銀ちゃんこそどうしてこんな所に居るの?!」
「へ?アンタ俺のこと知ってんの?」
「はあ?!私だよ!紫苑!」
「…………、は」
「「はぁぁぁぁぁああ?!」」
「あっ、小太郎と辰ちゃんも!」
「紫苑?本当に紫苑か?」
「アッハッハーこりゃたまげた!てっきり高杉がまたどっかで引っ掛けてきた別嬪さんかと思ったぜお!」
「あれ、でも三人ともお客さ…むぐっ」
「何をしておるのだ?高杉。」
「…マジでめんどくせぇ、行くぞ」
「むぐぐー!!!」
そう言って紫苑の口を押さえたまま、スタスタと歩いてゆく高杉。それを追いかけようとする桂と坂本が、さきほどからポカンとしている銀時に声をかける。
「とりあえず行くぞ銀時」
「…………」
「おろ?こいつ固まっちゅー」
「………。…なぁ、」
「ん?」
「…あいつあんな綺麗だったっけ?」
「…………銀時、」
未だに困惑した表情で銀時が尋ねると、二人は呆れたという風に笑って言った。
「「何をいまさら」」
からめたゆびさき
「紫苑と高杉が二人でここに居るっちゆうことは…、どうやらわしらまんまと騙されたらしいのー。アッハッハ!」
「あいつには後でじっくりと話を聞くことにしよう。今はせっかくの祭りだ、早く高杉たちに追いつかねば」
「にしても紫苑には驚いたぜお!浴衣ひとつで変わるもんじゃのー」
「あやつは元がいいからな。当然だ」
「何でおんしが得意げなんじゃヅラ」
「ふふん、なんとなく愛娘を誉められたような気分なものでな」
「……。して銀時はいつになったら復活するんじゃろうの?」
「ほうっておけ」