翌日の夕方、攘夷志士が潜伏している廃寺の門前では、いつもとは違い浴衣を身にまとっている高杉が一人門に背を預け、煙管をふかしていた。

つい先ほど居間でだらだらとしている銀時達を見た限り、紫苑は祭りのことを約束どおり口外していないことが分かる。

しかし念には念をと、自分と紫苑は今日隣町に用事があり、帰りは遅くなると伝えておいた。
これで江戸近くで祭りがあることが知られても、まさか俺たち二人がそこに居るとは思うまい。
ましてや彼らが野郎だけで祭りなどに行くわけがないだろう。

そう企て、仲間たちにばれないようにひっそりと門までたどり着いた高杉はあとは紫苑が来るのを待つだけ。

しばらくぼうっとしているとふいに聞こえた足音。それはいつもと違い、下駄特有のそれで──………


「ごめん晋助!浴衣なんて着慣れてないから時間かかっちゃって……」

「おせえ。どんだけ待ったと思って…」


聞き慣れた声にふりむけば、色艶やかな浴衣に身を包んだ紫苑の姿。いつもの真っ赤な装束とは真逆の群青の浴衣は彼女によく似合っており、普段高い位置で結われている髪は今日は下ろされている。


「っ、…」

「どしたの晋助?」

「なんでもねぇ…、行くぞ」

「うんっ」


踵を返して足早に歩を進める高杉に元気よく返事をした紫苑は高杉のすぐ後ろを歩く。歩き続ける二人の間に会話はないが、それでもどこか居心地がいいのは幼いころからずっと一緒に過ごしてきた仲だからなのか、それとも紫苑という少女の存在がそうさせているのか。そんな中高杉が想うのはすぐ後ろを歩く少女のこと。


(あいつ、あんなんだっけか?)


高杉がちらりと後ろへ目をやれば夕日を身体いっぱいに浴び、どこか幸せそうに目を細めている紫苑の姿。

彼はすぐさま視線を前にもどし、手の甲を口元にやって顔に集まってくる熱をごまかす。


(普通に綺麗、じゃねえか…)


ふいに頭の中でさきほどの紫苑の姿が思い出される。そこではたとあることに気がつき、もう一度後ろに目をやった高杉の目に留まるのは紫苑のこめかみ付近に飾られている美しい簪だった。


「?」


昨日自分が贈ったものの中に簪は入っていなかったはず。紫苑が持っていたものだろうかとも考えるが、自分の記憶にある限り紫苑がそのようなものを持っていた記憶はない。

特に気にすることでもないが、なんとなくその簪が気になった高杉は何の気無しに尋ねてみた。


「なァ、おめぇいつの間にそんなもん買ってたんだ?」

「そんなもん?」

「その簪だ、結構な上物じゃねぇか」


率直な感想を高杉が言ったとたん、目を伏せる紫苑。その顔がほんのり赤く染まっているように見えるのは夕日のせいだろうか。

紫苑の予想外な反応に今度は高杉がどう反応してよいか分からなくなる。……何か嫌な予感がした。


「えっと、これはね…」

「やっぱいい」

「へ?」

「屋台どんくらい出てんだろうなァ?」

「え、あー…どうだろうね、でも江戸の近くであるお祭りならおっきいお祭りだろーし……」


なんとなく分かってしまった。だからこそ続きを聞きたくなくて話をそらした。

こういう時に紫苑ほど鈍くなりたいと思う自分はとんだ臆病者だな、と高杉は嘲笑する。

そんな彼の顔を突然ひょいと覗きこんだのはまぎれもなくその紫苑本人だ。


「屋台の数は分かんないけど、とにかくたくさん楽しもうね。なんたって晋助が大好きなお祭りなんだから!」


目の前で屈託なく笑う少女が自分の想いを知る日は来るのだろうかと思いつつも今は一旦思考を遮断する。

何を考えても、何を思っても、今紫苑の目の前にいるのは俺ひとりだけ。


「当たり前だろーが。早く行くぞ」


他の誰よりも大切な女と二人きりで祭りに行ける。それを思えばそれだけで俺は今、満たされるのだから。

そう結論づけた彼はなんて俺らしくない考えだろうとまた一つ笑みをこぼした。


ゆうひろのえがお


先生、見てるか?あんたが見たがってた紫苑の浴衣姿、すげえ綺麗だろう?
こんな紫苑の姿を見るのは俺とあんただけでいい。そう、思うんだ。



 
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