「え、お祭り?」
「おー、今度江戸の近くの街であるんだってよ。行くぞ」
「へえ、楽しそう。ってか行くぞって…そこは命令形なんだね」
「文句あんのかァ?それともてめェ俺の誘いを蹴るつもりでも?」
「まっさっかっ断るわけないじゃんだから刀しまって下さい晋助さまァァ!」
スラリと抜かれた刀は今、独特の光沢を放ちながら紫苑の首にぴたりとあてがわれている。
ニヤリと笑う高杉と涙目でそう訴える紫苑。この二人がさきほど廊下ですれちがい、高杉が彼女を呼び止めた所から冒頭にいたる。
そしてようやく体から離れてゆく刀を確認し、ほっとした表情で紫苑が息をついた。
「……それにしてもほんと、晋助はお祭り大好きだよね」
「派手でいいじゃねーか」
「むかし先生と銀ちゃんと小太郎と5人で行った時、晋助が一番感動してたもんねえ。目ぇキラキラさせて可愛かったなあー…あの頃は」
「………」
「あれ、どうしたの晋助?」
「!、いや…なんでもねえ。」
紫苑の口から先生の名が出たことに少なからず驚いた高杉だったが、そのことには触れずに話を戻す。
「つーかガキの頃はみんなそーゆうもんだろーが。花火とか出店とか見たことなかったしよォ」
「ふふ、そうだね。けど銀ちゃんは花火とかそっちのけで甘いのばっか探してたよ」
くすくすと笑う紫苑を見て、こいつはどうだったろうかと高杉は思い巡らす。そして思い出した、そのときのこと。
「…てめぇは花火にも出店にも目もくれねぇで先生にずっとくっついてたな」
「そーだった、かな?」
「ずっと先生の着物の裾握りしめて、先生しか見てなかったぜ?」
「あー…あの頃はまだ村塾の人間以外の人ってゆうのが怖くてさ、特に人が多いのは苦手だったからねえ…」
苦笑いを浮かべてあははと笑う紫苑を見て、幼い頃の彼女を想う。
たしか、がたがた震える紫苑を見かねた先生が何度も彼女に帰ろうかと訪ねていた。しかしそのたびに紫苑は首を横に振り、大丈夫だと笑っていた。俺たちがあんまり楽しそうだから、まだ帰りたくないと言って。本当は帰りたくてたまらなかったろうに。ガキの頃の俺はそんなこと知らなくて、ただただ祭りに夢中になってた。
「思えばガキの頃から、おめぇは馬鹿だったよなァ…」
「ちょ、そんなしみじみと言われたらなんか傷つくんだけど」
「まぁそれ以上に馬鹿だった俺が言えた義理じゃねーがな…」
「ん、いま何か言った?」
「………話が逸れた。とにかく明日の夕方、門の前に来い」
「?うん、分かった。じゃあまたね!」
そう言ってすれ違う二人。だがふいに高杉がくるりと振り向く。
「あぁ、それと」
「ん?」
「……銀時達には黙ってろよ」
「…へ、みんなで行くんじゃないの?」
「………あいつらは明日遠方から客が来るとかなんとかで行けねーらしい。わざわざ自慢することでもあるめぇ」
「へえ、知らなかった…。そっか、それじゃ仕方ないね。じゃあ明日は二人であいつらの分も楽しもっか!」
「クク、楽しそうだなァ」
「そりゃあ久しぶりのお祭りだからねっ、それじゃまたあしたー!」
鼻歌でも聞こえてきそうな雰囲気を纏い、紫苑が去っていく。その後ろ姿を眺めている高杉がさきほど彼女に伝えた話は実はまったくの出任せ。本当は遠方からの客が来る予定なんぞ無い。
「クク、これであいつらには邪魔されねーだろ」
一方紫苑はその頃、自分の部屋へと向かっていた。
「祭りかあ…本当に久しぶりだな」
たしか最後には行ったのは先生が居なくなってしまった年の夏だったと密かに眉を下げて苦笑いをする紫苑は、はたと大きな問題があることに気づいた。
「服、どうしよ…」
まさか今の服装で行くわけにはいかない。戦場でまとう装束で祭りになんて行けるはずがないし、何より目立ってしまうだろう。しかしだからといってこれ以外の服なんて夜に着ている着流しくらいしか彼女は持っていなかった。
眉間にシワを寄せてうーんとぼやきながら彼女は自室の襖をひらく。
そして顔を上げた瞬間、紫苑の動きがぴたりと止まった。大きな瞳をさらに見開き、ただただ立ち尽くす。
紫苑の目に飛び込んできたのは色艶やかな群青色に蝶が刺繍されている浴衣。そばにはその浴衣に合うであろう黒い帯もかけられている。
そして紫苑は直ぐさまもと来た道を走り出す。目指した先はもちろん、
「晋助、っ!」
「あ?次は何だ?」
「へ、部屋に!ゆゆゆかたっ」
「あァ…クク、どーだったよ?」
「すっごく綺麗…じゃなくて!あんな高価なものどうしたの?!」
「ひろった」
「あーそっかそっかそこら辺に落ちてたのひろったのかー晋助ってば地球に優しい、ってんなわけねーだろうがァァア!なめてんの?ねぇなめてんの?」
「チッ、つうか俺が自分の金で何買おうが俺の自由だろ」
「自分の金って…、」
「あーうっせーうっせー。いいから黙ってもらっとけ、俺は先生の望みを叶えただけだ」
「先生、の……?」
「……おめぇ昔は祭りでも普段着の着流し着てただろ?あの人、祭りに行くたんびに言ってたんだ。おめぇに浴衣を着せてやりたいってよォ。………結局それは叶わなかったから俺が先生のかわり、とは言わねぇが、せめてこれくらいはしてやりたかった。それだけだ」
だから黙って受け取れ、と高杉が言い終わるころには、紫苑の目からは大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちていた。
ぎょっとする高杉をよそに紫苑はしゃくりあげながら言葉を発する。
「っ、じんずけぇええー!ひっく、あ、ありがとううう…!」
「ばっ、やめろっ鼻水つけんな近づくな馬鹿女!」
「ひどいいいい!!」
いつかのおくりもの
もちろん先生のこともあるけど、単純にお前の浴衣姿を見てみたかったんだ。なんて、口が裂けても言えない。
「これも銀時たちには黙っとけよ」
「ええー…自慢したいのに…」
「言ったら没収」
「口縫い付けときます!!」