今日は久しぶりに銀ちゃんとお買い物!……といっても、近くの村で食料と生活用品と少しの医療品を調達するってゆう目的だけれども。

それでも私は村を歩くのは好きだった。たとえ一時だけでも、堅気の日常を味わうことができるから。

それに銀ちゃんと二人きりなんてすごく久しぶりだ。銀ちゃんと二人で買い出しに行く時はたいてい彼のへそくりで甘味を味わうことができるから余計に気分がはずむ、はず、なのに。


「ねえチョット紫苑さん?なんっか少しばかり遠いよーな気がすんだけど気のせい?」

「何言ってんの銀ちゃんそんなん気のせいだよあはははは〜」

「そうかそうか気のせいか…って、んなわけあるかァァ!何なの?!そんなに俺の隣り歩くのが嫌なのかコノヤロー!」


私は今銀ちゃんから十メートルばかり離れて歩いている。銀ちゃんが立ち止まれば私も止まり、銀ちゃんが近寄れば私は遠のく。つまりつねに一定の距離を置いている感じだ。


「違う違う違う嫌とかじゃなくて!」

「じゃあ何だってんだ!」

「……えへ」

「…………」


そんなのこっちが教えて欲しいくらいだ。私だって何故かだなんて分からない。ただこの間ひざまくらした時からなぜか銀ちゃんの顔をまともに見れなくなってしまったのだ。ひざまくら、なんてもう何度もしてあげてるんだけどな…。


「ま、なんかよく分かんねーけど。とりあえず早いとこ帰らねーとヅラがうるせえからな、ほら行くぞ」

「はーい…」


あーあ。この調子じゃ今日の甘味はなしだろーな、すっごく楽しみにしてたのに私の馬鹿……。


「お嬢さん、浮かない顔してるねぇ。ちょいとうちの商品見ていかないかい?」


そうやってひとり項垂れているとそんな私の様子を見かねてか、店の店主であろうおじさんに声をかけられた。
言われるがまま何の気なしにひょいとお店を覗いてみると、そこは簪やら櫛やら巾着などの、若い女の子が好むものをたくさんおいてあるお店だった。
どの商品にも美しい装飾がほどこされていて思わず目を奪われる。


「わあ…すごく綺麗ですね!」

「だろう?どんな女の子もこういうものを見ると目を輝かせてくれる。お嬢さんもさっきの顔よりそうやって笑顔でいたほうが素敵さね」

「…ありがとうございます、おじさん」


少し恥ずかしかったけれど、おじさんの優しい心遣いが嬉しくて、しばしその簪などを眺めていると、いつの間に来たのか銀ちゃんが隣りでそれを覗きこんでいた。


「へえ、紫苑もそんなんに興味あったのか」

「ぎっ、銀ちゃん!」

「んなにビビんなくても……お、これなんかいいな」


これ、といって彼が手に取ったのは一本の簪だった。派手すぎず、だからといってシンプルでもない。丸い飾りに小さな花がしゃらりと揺れる綺麗な簪。

思わずじいっと見とれてしまった。

私は生まれてこの方、女らしい着物なんてものをほとんど着たことがない。今だって銀ちゃんたちと同じような装束に身を包んでいるのだ。ましてや簪など手にとったこともなかった。


「おっちゃん、これくれ」

「あ、銀ちゃん買うんだー………って、ええ?!銀ちゃん、そんな趣味があったの?知らなかった……」

「おいコラなに勘違いしてやがる。俺が自分のためにこんなん買うわけねーだろ!」

「え、じゃあどうすんのそれ」

「……やるよ」

「は?」

「っ、だから、おめえにやるっつってんの!」


顔を真っ赤にさせてそう言うもんだから、一瞬なにを言っているのか分からなかったが、すぐにその意味を理解した私はただただ驚いた。


「わ、わたしに?!駄目だよこんな高そうな物!だってこんなの買ったら多分銀ちゃんしばらくは甘いの我慢しなきゃいけなくなっちゃうよ?!」


そうなのだ。見る限りこの簪はかなり値が張る様子。それは彼にとって命の次に大切であろう糖分の摂取をしばらく我慢せざるを得ないほどに。だからすんなりとそれを受け入れることはできなかった。


「そそそんなん気にしねーよ」

「声うらがえってますけど」

「るっせぇえ!とにかくほら。俺がおめえにやるっつってんだから紫苑は何も気にしねーで貰っときゃいーんだよ」


そういって無造作にずいと手渡された簪は、わたしの手の上できらきらと輝く。

銀ちゃんの顔をのぞき見ると微かに頬を赤らめているのが分かった。


「ほんとうに、いいの?」

「…………おー」


本当にすごく、すごく嬉しかった。

私はいままで女の子らしいものなんて持っていたことがなかったと言ったけれど興味がなかったわけではない。「ふつうの女の子」は、ずっと私の憧れだった。

でも戦争中だから仕方のないこと、そう自分に言い聞かせていた半面、本当はどこかで諦めていたのだと思う。

こんなにたくさん汚れた私に普通の女の子として着飾る資格はないんだと。

けれどずっと触れるのをためらっていたそれは、銀ちゃんの手によって私に届いた。

たとえそれが彼の気まぐれであっても嬉しいことには変わりなくて。

押さえきれない笑みを零して、さっきから顔を合わせようとしない銀ちゃんの袖を引く。そして彼と目が合ったとたんに、ありがとうを伝えた。

それを聞いてはにかんだように笑う彼を見て、また胸がとくりと高鳴ったけれど、もう目が合わせられなくなるようなことは無かった。


よそみしちゃーよ


ちゃんと目を見て、私を見て。
さっきまではごめんね。
今日からは私もあなたにそうするから。


「くっくっく、にーちゃんやるねえ」

「うるせーよ…おっちゃん、いくら?」

「いらねーよ、もってけ」

「へ…、な、なんで?」

「おっさん、あのお嬢さんの笑顔に惚れっちまったみてえだからよ」

「おっちゃん年いくつ?つうかそのセリフくせーよコノヤロー。…ま、ありがとな」

「おおよ。彼女、大切にしてやれよ」

「心配いらねーよ。あいつは俺のたからもんだからな」

「……にーちゃんも年のわりにゃあクサイこと言うねえ…」



 
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