「わあ!やっぱりお兄ちゃんとお姉ちゃん、僕の声が聞こえるんだね!嬉しいなあ……こんなの初めてだよ」
相変わらずニコニコと楽しそうに笑う幼子を紫苑達二人は目に涙を溜めながら見つめていた。
「ぎ、ぎんちゃ……」
「コレは夢だコレは夢だコレは夢だコレは夢だコレは夢だコレは夢だコレは夢だァァァァ!」
「ちょ、ここで現実逃避ィィ?!」
「おねーちゃん?」
「はいィィィィイ!!」
「………………こわい?」
「え………」
ついさっきまで笑っていたその幼子が突然うつむいて悲しそうに聞いてきたものだから、驚いて紫苑は思わずそちらを見やる。すると今にも涙がこぼれ落ちそうなその瞳と目があった。
その瞳は幼い人間の男の子のそれと何ら変わりない。
「ぼく、死んじゃったんだよね?今まで逢った人はみんなぼくのことが見えないみたいだもん。だからお姉ちゃんたちがぼくのこと見えるって分かって嬉しかったんだ…怖がらせて、ごめんなさい」
「……」
それを黙って聞いていた紫苑は突然すっくと立ち上がり、足早に男の子へと近づいた。
「おっ、おい紫苑……!」
「だいじょぶだよ銀ちゃん。……ね、君の名前は何てゆーのかな?」
名前を聞かれた男の子は潤んだ瞳のまま不思議そうに首をかしげて答える。
「翔太………」
「翔太くんかあ。かっこいい名前だね!よかったらお姉ちゃんたちと一緒に遊ばない?」
「はぁぁぁぁぁぁああ?!」
紫苑の言葉に驚いたのは翔太だけでなく銀時も同じだった。
「なっ、なななんで?!」
「ばか銀ちゃん!この子はふつうの男の子と一緒だよ!ただ、今は体がないだけ……。きっと寂しかっただけなんだよ。…そーだよね?」
優しく微笑む紫苑を見て翔太はおずおずと頷く。
「ならまったく問題なし!さぁて何しようかな……」
「っ、お姉ちゃん!」
「なあに?」
「お姉ちゃんはぼくのこと、怖かったんじゃないの?」
「……んー、私馬鹿だから昔のことってすぐ忘れちゃうんだよね」
へらりと笑って紫苑がそう言えば、みるみる笑顔になるその男の子。
「じゃあ一緒に遊んでくれるの?!」
「もちろん」
「本当?!ありがとうお姉ちゃん!あ、お姉ちゃんの名前はなんてゆーの?」
「ん、あたし?私は紫苑ってゆーんだ」
「紫苑……きれえな名前だね!」
「ふふ、ありがとう。この紫苑はね、世界で一番素敵な人からもらった私の誇りなの」
それを聞いた銀時ははたと目を見開く。なぜならば紫苑が松陽先生の話をするときは、きまっていつも寂しそうな顔をしていたのに、今日はとても穏やかに……幸せそうに笑っていたからだ。
「さて、何して遊ぼうか。銀ちゃん」
「……」
「銀ちゃん?」
「っ、おぉ!…って何、俺も遊ぶの?」
「当然!」
「……ま、いっか。俺ァ別に何でも」
「鬼ごっこ!」
「ん?」
「鬼ごっこしよーよ!僕足速いんだっ!僕が逃げるから、お姉ちゃんとお兄ちゃんは僕をつかまえてね。いくよ、よーいどん!」
「えぇ!ちょ、待って……って速っ!」
駆け出すや否や、あっとゆうまに遠くまで走り去ってゆく翔太。
紫苑と銀時は急いでそのあとを追う。
「ゼェ…ゼェ…、紫苑っ、ちょ、ちょいタンマ!」
「銀ちゃん早く!止まってたら翔太くん見失っちゃう!」
「そーだけどっ、俺が、おまえの化け物級の足に、ついてけるわけ、ねーだろがァァァ!!」
息も切れ切れの銀時に対して、けろりとしている紫苑。
スタミナならば攘夷陣の中でもトップクラスの銀時だが、なにぶん紫苑の足は速かった。このペースに慣れていない銀時が紫苑と一緒に走っていれば疲れるのも当然のこと。
「乙女に向かって化け物って何さ天パこのやろー!」
「そこ?!ってか事実だろうが!!」
「ハァ……しかたない………」
くるりと紫苑が振り向いた瞬間、銀時の体は前方にぐい、と引っ張られる感覚を覚えた。
「………これって普通逆じゃね?」
「それより急ぐよ!!」
「………へーい…」
いま銀時は紫苑に手を引かれ、走っている。
少々落ち込んだ様子の銀時とただただ先を急ぐ紫苑は、夜の林で二人手をつなぎ、走る走る。
しかし前を行く翔太の背中は微かにしか見えず、その距離は一向に縮まらない。
「ちくしょっ、速いィィィ!!」
「紫苑ちゃんんんん!銀さん足千切れちゃう!手も千切れちゃううう!」
「銀ちゃん頑張ってェェェ!!」
二人は息を切らして叫びながら目の前にある草の塊を大きく飛び越えた。すると…、
「あれ、ここ………」
「ハァ、ハァ、どーなってんだ?」
そこには生い茂った木々ではなく、悠然とした草原が広がっていた。
いつの間にか林を抜けたらしい。
「……銀ちゃん、ここって…」
「あぁ、林から出られたみてーだな」
思わずほっとして小さく笑いあうと、どこからか声が聞こえた。
「お姉ちゃんお兄ちゃん、ありがとう」
「翔太くん!!」
姿は見えないがそれは確かに翔太の声。
「ぼくを怖がらないでいてくれて嬉しかった!鬼ごっこ、とっても楽しかったよ!……ぼくは死んじゃったけど、お姉ちゃんたちは死なないでね。ずっとずっと、笑っててね。…じゃ、ばいばい」
そしてこの言葉を最後に、その声が聞こえることは無かった。
「翔太くん………」
「おいコラ」
「あいたっ、何すんの銀ちゃん!!」
突然おでこに衝撃があったと思ったら、どうやら銀時にでこぴんされたらしい。…ひりひりと痛むおでこを抑えて紫苑は彼を見上げた。
「さっき笑ってろって言われたばっかのやつが泣きそうな面してんじゃねーよ」
「っ…。そうだね…ありがと。…なんか私、死ねない理由がまた一つ増えたみたい。はは、」
「当たり前だっつーの。あのガキに心配かけさすなよ?」
「うん。………きっと、ね」
「そこは絶対って言えよ…………って、ん?…………っ紫苑!!」
「どうしたの?」
「あれって辰馬が言ってた寺じゃね?」
「え!?本当だっ」
銀時が指差す方を見れば、確かに建物の影が見えた。
「あの子、もしかして私たちに道案内するために鬼ごっこしたいって言ってくれたのかな…?」
「さあな。ま、どっちしろよかったじゃん?おまえも楽しかったんだろ?」
そう言って笑った銀時の顔は優しくて、本当に優しくて、紫苑はほんの一瞬だけ幼き日の松陽を思い出して頬をゆるめた。
「う、ん……。そだね…」
「な。…じゃあ行くか」
次に握り合った手をひくのは銀時。
そのことに銀時が一人満足げに鼻を鳴らしたことに紫苑が気づくことは無いけれど。
まっくらやみで
おにごっこ
そうしてみつけたものは小さな光。
「銀時!紫苑!遅いぜおーっ」
「紫苑?!」
「辰っちゃん!晋助!」
「っ、この馬鹿っ!いきなり居なくなんじゃねえよ!!」
「あ…ごめんなさい」
「……まぁ無事なら…いいけどよォ…」
「はーいストップ。そこ!青くせーことしてんじゃねーよ!ってあれ?高杉君なんか赤くなってない?あれあれあれ?」
「銀時てめェぶっ殺す……!!」
「おい貴様ら、ここまで来て喧嘩なんぞするな。早く登ってこっちまで来い」
「うん?」
「ったくめんどく……せ、え」
「う、わあ…!すごく綺麗!」
「わしの秘密の場所じゃき!おまんらにだけ教えちゃるぜお!」
「まさかこれ見せるためにわざわざ肝試しとか計画したのかよ……」
「ほうじゃ!どうせならサプライズのほうが楽しいじゃろ?アッハッハッハ!」
「そのサプライズのために肝試しっつーのがいたたげねーんだよ毛玉!」
「アッハッハッハ!泣いていい?」
「そんなこと言わないの銀ちゃん!………こんな綺麗な星空見れたんだもん。それにあんな素敵な男の子に会えちゃったしね、ふふっ!ありがとう、辰っちゃん!」
「紫苑ーっ!やっぱり紫苑はいい子じゃあ!!大好きじゃき!!」
「あっ、てめぇ辰馬!紫苑に抱きついてんじゃねえ!!ぶっ飛ばすぞ!」
「素敵な男の子?だれだ?」
「……さあーな」
目を見張るほどの星空の下、屋根の上で笑う5人はその時、戦場の英雄ではなく、ただの若者となんら変わりなかった。
「…ね、みんな。約束しよう。また五人で、この場所で、この空を見ようって」