しんと静まり返った林で聞こえるのは二人分の小さな足音。

紫苑は高杉の少し後ろをびくびくとできるだけ辺りを見ずに歩いていた。


「─────…おい、」

「ななななななに?晋助」

「…………何で後ろ歩いてんだ」

「え?や、特に理由は……」

「…………となり」

「へ?」

「…隣り歩けっつってんだよ怖がり」


紫苑は何か馬鹿にされたような気もしたが、耳を赤くしてそう言う高杉を見て、これも彼の不器用なりの優しさなのだろうと思うと彼女の口元に思わず笑みがこぼれた。


「ありがとね、晋助」

「……別に、お前が後ろでのろのろ歩いてんのが気になっただけだ」


高杉はいつもこうだ。まっすぐな感謝の言葉に慣れていないのか、素直にその言葉を受け取るどころか相手の悪態をつく癖がある。

しかしそれを知っている紫苑にとっては、もはやそんなことなど気にはならない。

ただ笑みを浮かべて高杉の隣りを歩く。


「ひひひ」

「なんだその笑い方……」

「あれ、どっか変だった?」

「…………悪い、どっかっつーより全部変だもんな。お前」

「それどういう意味?!」


気づけば恐怖心は薄れ、自然と歩いていられるようになっていた紫苑。

それゆえ暗い林の中とはいえ、平然と高杉と会話することができていた。





あの声を聞くまでは───……




「結構長いね、この林」

「そうだな。この先に寺があんだろ?」

「ん、さっき辰ちゃんがそう言って…」

「おねいちゃん」

「え?何か言った?晋助」

「あ?何も言ってねーよ」

「でも確かに今声が…「おーねーいーちゃーんー!」

「………………」


今確かにはっきりと聞こえた、その声。

高杉の声じゃない、もっと、幼い…

紫苑は顔をひきつらせ、恐る恐る振り返るがそこにはもちろん何もいない。


「………しししししんすけぇえぇ!!」

「うぐっ!!」


パニック状態で高杉の腹に飛びつく紫苑。高杉は不意に訪れたその衝撃に息を詰まらせた。


「おっまえ!!いきなり何しやが…る」


文句を言おうとした高杉の目に映ったのは目を潤ませ、自分の腰に抱きついている紫苑の姿。


「いまっいま子供の声が……!」

「晋助聞こえなかったの?!」

「ちょ、晋助。聞いてる?!」


もちろん声は聞こえていた。だがその言葉は今の高杉の頭の中には届いていなかった。


(っ、こいつ誘ってんのか?)

だが紫苑は無自覚な分、たちが悪い。

いきなり黙った高杉を不思議に思い、いまだ高杉の腰に抱きついたままの紫苑は恐怖心はそのままに首をかしげる。

だがしかしその小さな行動でさえも、今の高杉にとっては効果絶大だった。


「紫苑…」


そうして高杉の手が紫苑の頬に添えられた、その時だ。


「おねいちゃんってば!!」


高杉には聞こえない、だが紫苑にははっきり聞こえるその声が紫苑の耳にふたたび届いた。


「ひぎゃああぁあ!!」


驚きのあまり目の前に居る高杉を突き飛ばし駆け出す紫苑。


紫苑の思わぬ行動にしりもちをついた高杉は目を丸くしたあと、はたとして自分の行動を思い返した。


(なにやってんだ、おれァ……)


昼間と同じだ。どうして自分はいきなりこんなに焦っているんだ。


(…………焦っている?俺が?何に?)


「────わけわかんねぇ……」


前髪をくしゃりとを握り、俯く。しかしそうしていたのもほんの少しの時間だった。


「……あ?紫苑?」


そういえば紫苑が居ない。

すぐにまわりを見渡すがその姿どころか気配すらも────ない。


「……………まじかよ…」


記憶をたどれば、たしか紫苑は自分を突き飛ばしてどこかへ駆けて行ったはず…。

夜、しかもこんな林の中を闇雲に走って迷子にならないはずかない。


───…このまま見つからなかったら。
ふいにそう考えた彼の背に冷たいものが走った。


「っ、畜生…!かってに動きやがって、あの馬鹿!!」


そう言うやいなや紫苑を探すべく、高杉は走り出した。











はしれ!しれ!

向かうは暗闇のなかの暗闇。






一方その頃、紫苑は一人林の中でぽつんと立ち尽くしていた。

「ここ……、どこ?」



 
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