そのころ、半ば強制的に肝試しに参加するようになった紫苑は、とぼとぼと一人廊下を歩いていた。
「うう…。肝試しなんて絶対にやだ…」
(けどあんなに楽しそうな辰っちゃん見たらはっきり行きたくない、なんて言えない…。怪我したとき散々迷惑かけちゃってるし……。肝試しが辰っちゃんにとって息抜きになるなら…)
「……よし、大丈夫!それにもしかしたらゆゆゆ幽霊さんを克服できちゃう絶好の機会になるかもしれないし!がんばれ紫苑!」
「おい」
「ぎゃあああああっ!?」
突然肩に手を置かれ、飛び上がった紫苑の目に映ったのは幽霊さんではなく、
「…し、しんすけ?」
「〜〜っ!なんっつー声出しやがる!
鼓膜破れたらどーしてくれんだっ」
とたんに高杉の拳が紫苑の頭に直撃する。がつん、と鈍い音がした。
「いったァァ!ふ、ふつう女の子をグーで殴る?!殴らないよ晋ちゃん?お母さんアナタをそんな子に育てた覚えはありませんっ!」
「誰が晋ちゃんだふざけんな!つうか誰がお母さんだ!もしお前がお袋だったら俺ァ生まれたその瞬間からグレる」
「ちょ……、それ酷すぎない?
泣いちゃうよ?わたし泣いちゃうよ?」
「勝手に泣け、ばーか。……で?何でんなにビビってたんだよ、あほか」
「う…、……色々と考えごとしてたからちょっと意識が過敏になってたみたい……。ごめんください晋ちゃん、」
「ごめんくださいって何だ。それもう違う意味になってっから。ごめんってついときゃいいわけじゃねェから。てか晋ちゃんじゃねーって言ってんだろうが」
「はあ〜…、ごめんね晋ちゃん……」
(…………こいつ駄目だ)
今の紫苑の目からはまったくといっていいほど覇気というものが感じられない。心ここに在らずといった感じだ。
それこそあの銀時さえ上回るほどに…。
(やっぱ肝試しが原因、か?)
紫苑が幽霊やそういう系統のものが苦手だということは高杉も承知している。
桂の話のとおり紫苑も今夜、肝試しに行くことになったのだろうと確信した。
「じゃあなんだ?まさか俺を幽霊だと思ったなんて言わねーよなァ?」
「うっ…!」
(図星かよ…)
「ったく、こんな真っ昼間からそんなもん出てくるわけねェだろーが」
「それは分かってるんだけどさあ……、
…あ、そーいえば晋助は肝試し行くの?
…って行くわけないか。いっつもあんたはめんどくせーとかなんとか言って不参加だもんね」
「………………行く」
「え?」
「俺も行くって言ってんだ」
「えええぇぇぇ?!」
まさかの高杉の参加発言に大袈裟に驚く紫苑。それに対して高杉は眉をしかめた。
「んなに驚くことかよ……」
「驚くことだよ!だって晋助いっつも自分の部屋から出ないし、こういう酒が出ないイベント的なものは不参加なのが当たり前だったじゃん。どういう風のふきまわし?」
「人を酒好きの引きこもりみたいに言うんじゃねーよ。……ま、しいて言うならただの気まぐれだ。理由なんざねェ」
お前が心配だったから、なんて口が裂けても言えない。ちらりと紫苑の顔を見てみると、キョトンとした目を高杉に向けていた。
「…んだよ」
「や、嬉しくて…」
「あ?」
「晋助とこーいうことするの、村塾以来じゃない?それがなんだか嬉しくて。……肝試しってのが少しアレだけど、晋助が参加してくれるならそんなに悪いものでもないかなー、なんて」
「っ、……」
はにかんでそう言う紫苑の姿に不覚にも胸が高鳴った。そんな彼女に高杉は不意に手をのばしかける、が
「銀ちゃん、は、来ないのかなあ……。
まあでも幽霊さん苦手だからやっぱり来ない、よねぇ……」
見たことのない紫苑の表情に、のばしかけた手がぴたりと止まる。
今までずっと一緒に居て、初めてだったと思う。
紫苑の顔を見て、こんな風に胸がズキリと痛んだのは。
本人はきっと無自覚だろう。
だが、銀時の名を呼んだ時の紫苑の顔は確かに"少女"の顔ではなく、"女"の顔であった。
ずっと彼女を見ていたからこそ分かる、小さな小さな変化。
唇を噛み締め、のばしかけた手をぎうと握りしめる。
────…なぁ、俺にはそんな顔、向けてくれんのか?お前の目には俺はちゃんと"男"として映ってんのか?
「どうしたの?晋助?」
「───何でも、ねぇ。…部屋もどる」
「?うん、じゃあまたあとでね」
疑問は声にならぬまま、高杉の胸中に閉じ込められた。
そして足早に立ち去った高杉を不思議に思いながらも、紫苑も部屋へと向かったのであった。
それぞれのおもい
小さな変化に気づいた者と、そうでない者と。