相変わらずすやすやと眠りつづける紫苑。そのとなりには、だらだらと滝のように汗を流す銀時が座っていた。
(今俺何したァァァァ?!)
青い顔をして一人あたふたしていると、ふと目にとまる紫苑の寝顔と、唇。
とたん真っ青だった顔が真っ赤になる。
(だってほら何か体が勝手に……!いや断じて違うからね。怪我人の寝込みを襲ったとかじゃないからね。銀さんそんな最低なヘタレ野郎じゃないからね!)
一人胸中で言い訳をしていると、銀時の耳にバタバタと音をたてて廊下を走る音が聞こえてくる。
「ん………なんだ?」
バンッ
「っ、紫苑…!」
けたたましい音をたてて開けられた襖から顔を出しだのは高杉だった。
普段では考えられないほどの彼の焦りように銀時はしばし目を丸くする。
だが驚いたのは銀時だけでなく、高杉もだったらしい。
「…銀時、なんでてめぇがここに…」
「ああん?俺が仲間の看病しちゃいけませんかァ?」
「………………紫苑は?」
「無視ですかコノヤロー。
………………紫苑なら無事だ。
まあ重傷にゃ変わりねーけど………」
「そ、うか」
「あぁ」
「……………」
そして再び沈黙。聞こえるのは紫苑の規則正しい呼吸音だけ。しかしすぐにそれは彼女の声へと移り変わった。
「……………あ、れ?」
「!、紫苑」
高杉が紫苑の名前を呼ぶ。さきほどの焦りはもう見えない。
「…しんすけ?」
「…大丈夫かよ………」
「ん、大丈夫。まだ起き上がれないけど。…ふふっ、晋助が心配して、くれるなんて…珍しいことも、あるもんだね。」
「………ばーか、まだ喋んな」
少し苦しそうにしゃべる紫苑にそんなことを言いながらも、どこかほっとしている様子の高杉を見てにやにやと笑う銀時。
「んだよ銀時…」
「いんや、別にぃ〜?」
「なんかすげえムカつく……」
また何時ものような言い合いが始まるのかと思ったが、やはり場所が場所。
それに銀時は今日の高杉にいつものような不快感を感じたりはしなかった。
そのためか高杉の言葉に言い返すことなく銀時は紫苑に話しかける。
「とにかく高杉の言うとおりだ。まだあんま喋んな。早く怪我治すんだろ?俺ら部屋出るからゆっくり寝てろよ」
「わかった、ありがと。…おやすみ、銀ちゃん、晋助」
「おやすみ」
「…………あぁ」
そう言って二人は部屋から外に出た。
部屋を出たあと、銀時が目指したのは桂たちが居るであろう居間だった。
高杉はいつもどうり自室に戻るのだろうが今は銀時と並んで歩いている。
そうしている内にただ黙って歩くのもどうかと思った銀時はなんとなしに高杉に話しかけた。
「高杉よぉ、お前さっきの焦りようどーしちまったんだ?らしくねぇ」
「……仲間の心配しちゃ悪ぃか」
「んなこと言ってねーけどさ、お前らしくなかったなっつってんの」
それは単純かつ素朴な疑問だった。なぜならば先ほどの高杉の様子はあまりにもいつもの冷静な彼とは違って見えたから。
だが高杉は何も答えない。
ただ苦虫を噛みつぶしたような表情をして足元を見ているだけだった。
それを見た銀時もそれ以上答えを追求することはせず、再び黙って歩き続けた。
「…………俺はよォ、銀時」
「あ?」
突然立ち止まって話しはじめた高杉に少々驚いた銀時だが、そんな素振りも見せず、黙って言葉を待つ。
「あいつが重傷で…危ない状況だと聞いた時、とっさにあの人を思い出した」
あの人、とは聞かなくてもわかる。高杉がこんな顔をして話をする人物など松陽先生の他に居ない。
「俺は………あの人が居なくなるなんて絶対にねぇんだと勝手に思いこんでた。だけどあの人は何の前触れもなく、いきなりこの世界から消えちまった。…その時俺ァ知ったんだ。この世で確かなもんなんざ何ひとつとしてねぇんだってことを……、」
「………高杉、」
それは俺もだ、とは言わなかった。言わなくても高杉はちゃんと分かっていたと思ったからだ。
村塾に居た他の者たちも、桂も、銀時も、紫苑も、きっと同じ気持ちを味わったのだろうということを。
「しかもあの人が消えちまってからすぐに、こんどは紫苑が壊れちまいそうになりやがった………」
「……………」
「俺ァもうあんなのごめんだ。
もう二度と…大切なもんを失いたくなんざねぇんだよ。だから俺はあいつを護るぜ。たとえにこの命にかえても、だ。…俺たちが村塾を出た日、松陽先生の魂に、そう誓った」
はっきりとそう言った高杉の目はもう足元を見ておらず、まっすぐに前を見据えていた。
その目に圧倒される。
言葉を失う、とはこういうことなのだろうか。銀時はいま何も言わないんじゃない、何も言えなくなってしまっていた。
そして高杉は視線をずらし、銀時の目を見てこう続ける。
「なぁ銀時。俺とお前は似てるなァ?」
───失ったもんも、守りてェもんも、昔からずっと一緒で、何も変わらねェ。
「……でもな、俺ァぜってぇ負けねェよ。てめぇだけにはなァ……」
そう言った高杉が歩きだしてからも銀時の足はその場から動こうとしなかった。
高杉が立ち去り、一人残された廊下で拳を握りしめ、彼は呟く。
「わりィな高杉、俺も負けらんねぇ…あいつは、紫苑だけは、譲れねーんだ」
まもりまもられ
そして俺たちは強くなる。
たくさんの想いを糧にして。
────────────…
銀時がガラリと居間の襖を開けると思っていたとおり、桂と辰馬がそこにいた。
「うお?!銀時っ!!おまんもう戻ってきたがか?!」
「はぁ………辰馬、お前が勝手に銀時のものを食べたのが悪い……。いさぎよく武士らしく殺されろ。短い間だったが今までありがとうな」
「ちょっ、ちっくと待つぜおヅラァ!わしを見捨てるがか?!…って、あり?」
「ん?どうしたんだ銀時。そんな所に突っ立って。いつものお前なら自分の菓子盗られたりしたら鬼のように怒り狂うくせに………」
「はぁ……。俺、部屋もどるわ……」
一言そう言って居間を出る銀時に二人は首を傾げて頭上に疑問符を浮かべた。
「「どうしたんだ(じゃ)?あいつ」」