銀時は雨の中、拠点に向かってひたすら走っていた。その背には気を失った紫苑。そして拠点に到着したとたんに彼は大声で叫んだ。


「急患だ!誰か手ぇ貸してくれ!」


その直後、走ってきたのは桂と坂本と同じ拠点で待機していた仲間数人。


「どうした銀時?!…っ、紫苑!」

「紫苑?!何があったがか!」

「紫苑さん?!まさか……!」


まわりが驚くのも無理はない。
今まで紫苑が気を失うまでの大怪我を負ったことなんて無かったのだから。

それは、彼女の持つ戦闘においての的確な行動力や判断力が誰よりも優れていたためだ。

そして"相手の攻撃を避けること"は、幼い頃からの紫苑の天性の才であった。

その彼女が今、銀時の背中でぐったりとしているのだ。

そうこうしている間にも紫苑の背中の傷からぱたぱたと落ちていく血は、銀時の足元に水たまりを作っていく。


「何があったかはあとで話す!!
とにかく早く止血しねぇと!!!」

「わかった!オイ誰か湯と手ぬぐいを持ってきてくれ!包帯もだ!!」


その声にすぐに反応し、部屋の奥へと駆けていく仲間たち。桂は即座に用意されたそれらですぐさま手当てに取りかかった。







ようやく一段落つくと、桂は息をついてまわりの者にそれぞれ指示を出した。

そして紫苑を部屋に寝かせてからその部屋で、銀時は坂本と桂の二人に先ほどまでの出来事を話した。

一人で二十を超える天人を相手にしたこと、いつもの冷静さを欠いていたこと、───それは自分のせいだったということ。


「ほがなことがあったんじゃのう…、」

「そうか…………。だが銀時、お前が気に病んでいてどうする」

「けど、俺のせいじゃねーか……」

「お前が自分のせいだと嘆いて1番悲しむのは誰だ?……紫苑だろう」

「…んなこた分かってる、だけど…」


桂のいうことは最もだった。何よりも今考えなければいけないのは紫苑のこと。
これ以上紫苑を苦しませたくないのは銀時だって同じなのだから理解はできる。

でもだからこそ、罪悪感は消えない。


「………ん、」

「おお!紫苑が起きたぜお!」

「ここ…は…」

「安心しろ、俺たちの家だ」

「こたろ…っい…!」

「こら、まだ動くな。お前は今背中に大怪我を負っておるのだぞ」

「あ、あぁ。そっか……私…」

次第に記憶が蘇ってきているのか、虚ろに天井を見上げる紫苑。

すると突然目を見開き、顔だけを桂に向けて言った。


「銀ちゃんは?!あのとき銀ちゃんも一緒に居たはずじゃ………」


その言葉を聞いた桂はふんと鼻を鳴らし、先ほどから一言も喋らずに少し離れた入り口付近の柱に寄りかかっている男を親指で指した。

それに気づいた銀時はばつが悪そうに視線を逸らす。


「銀ちゃんも無事、なんだね…」


ふにゃりと安心したように微笑んだその顔はいつもより少し青白い。それを見た銀時は思わず彼女に向けて口を開く。


「あほ。いいから、はやく寝ろよ」

「ん、ありがと」

「んで、早く元気になってクロと遊んでやんねーとな。……あいつこんままだと高杉にしかいい顔しなくなっちまいそーだぜ?」

「ふふ、そだね」


もう一度微笑んだその顔は、微かだがさっきよりも元気そうに見えて、銀時は安心すると同時に無性に切なさがこみ上げた。

立ち上がり、布団に近づいて頭を撫でてやると、途端にうとうとし始める紫苑。

そうして彼女はあっという間に深い眠りへと落ちていった。


「…ほう。銀時に子供を寝かしつける才能があったとは驚きだな」

「いやコイツ子供じゃねーし」

「アッハッハッ!こーして見ゆうと銀時の子供みたいじゃのー紫苑は!」

「こんな糞ガキ願い下げだっつーの!」

「またそんなことを…。一体紫苑のどこが糞ガキなんだ?これほど素直なやつなどそうそう居らんだろう」

「だってこの馬鹿…、いくら言ったって危ねーことばっかしやがる…」

「………銀時…」

「今日もだ。俺ぁ化け物なんてもう言われなれてるってのによォ。なんで…、こいつがキレてんだよ……ちくしょ、」


言われ慣れている、しかしそう言う銀時の目は、言葉とは裏腹に苦しそうに細められていた。

それを見た辰馬はいつもの笑顔ではなくふんわりと優しげに微笑んで話し出す。


「それが紫苑の優しさじゃろう。
同情、ちゅう意味での優しさじゃのうて本当に銀時のことを自分のように思っちょる。…いや、自分以上に…かのう?」


それを黙って聞く銀時と桂。

しばらくすると辰馬は桂の服をむんずと掴み、立ち上がった。


「なっ、なんだ坂本!」

「じゃあのう金時ー!わし等はちっくと用事があるき、紫苑のことは任したちや!」

「おっおい!俺も紫苑のそばに…」

「はよう行くぜおヅラー!」

「ヅラじゃない桂だ!じゃなくて、人の話を聞けェェェ!」


そんなやりとりをしながらもズルズル引っ張られてゆく桂。


「……銀時だっつの」


二人の姿が見えなくなると、銀時は一言そう呟き、もう一度紫苑の方を見た。

スヤスヤと眠る紫苑の顔にはガーゼが貼られており、肩口から見える白い包帯が痛々しい。

手を伸ばし、スッと頬を撫でると確かな温かさがそこにはあった。なおも眠り続ける紫苑は俺が触れた瞬間、安心したように微笑みながら小さく手にすりよってきた。


「ほんと、お前は馬鹿だ……」


その温もりが俺を安心させてくれる。


「馬鹿、だけど…………」


俺はいままでずっと言葉にできなかった想いを、いつのまにか呟いていた。


「      」


呟きとともにゆっくりと口づけたのは、その温もりにもっと触れたかったから?いや、それだけじゃないんだ。俺はただただおまえが愛おしくてたまらなかっただけ。今までこの気持ちに名前をつけることをずっと避けてきたけれど、今ならはっきりと言える。


それはきっと
    こいというもの



でも俺の想いを伝えるには、こんな言葉や口づけ1つじゃ全然足りないんだ。だから直接お前にこの想いを伝えるのは、もう少しあとのことになりそうだけど。



──────────────
────────……




「おい坂本!用事なんてないだろう?!いいかげん降ろせっ」

「ダメじゃきー。今は銀時と紫苑を二人きりにせんといけんぜお!」

「なんでだ!俺だって紫苑の心配を…」

「銀時と紫苑はよう似ちょる。
自分のことは二の次でまわりのことばっかり考えちょる所が特にのう」

「………………」

「今の紫苑に必要なのは銀時で銀時に必要なのは紫苑じゃ!!
邪魔したらいかんき!」


坂本の行動は、すべて銀時と紫苑を思ってのことだったのかと知った桂は驚きつつも坂本の気遣いに素直に感心した。


「坂本、おまえ…………」

「それにわしゃ腹が減ったぜお!!」

「………、…は?」

「じゃけん今のうちにちっくと銀時の菓子くすねちゃろーと思っての!アッハッハ!ん?どーしたんじゃヅラ、ぶるぶる震えて」

「少しでもお前を見直してしまった自分が情けない…………!」




 
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