今日からまた戦が始まった。ざあざあと煩い雨が視界を悪くする。ああなんて汚い雨なんだろう。
苛立ちながらも銀時たちを探す紫苑にも容赦なく雨は降りかかる。あたりには鉄の匂いが漂っているせいもあって呼吸がしづらく、彼女の苛立ちは増す一方だった。
(戦争に参加したばかりの頃はこの匂いが駄目で…、吐き気で歩けなかったりもしたなあ……)
ぼんやりと思いだすのは少し前のこと。
体にまとわりつく"赤"も不快だったが何よりも嫌だったのはその匂いだ。
体についた赤は洗えば消える。
だがその匂いだけは消えることなく体に染み込んでいるような感覚を拭うことができずに、戦場から拠点へと戻った後もその気持ち悪さのせいで、食事をとるどころか動くのも辛い時期があった。
(───今はまったくそんなことなくなったんだけど、ね)
正直なんともいえない心境だ。
そりゃあ体調だって良い方が嬉しいし、戦に出るたびあのような状況に見舞われるのは御免だ。
だがしかし戦場に立っても自分の身体に何も影響を及ぼさないようになったということは、自分自身が血に慣れたということ。
そう思うとどうしても嬉しいだなんて思えなかった。
「………………、」
ふいに胸がざわつく。感じとったわずかな殺気にぴたりと立ち止まった、その時だった。
「……げへへへ、女が居るぞぉ」
「ほんとだぁ〜!お、いい女」
「!」
(天人…………こんな所にまだこんなに居たなんて………)
紫苑を囲む天人の数はざっと見た感じでも優に二十は超える。
ただでさえつい先ほどまで他の天人と戦っていたのだ。さすがに一人でこの数はキツい。
だが速さなら負けることは無いだろう。
ここはとりあえずこの集団を突破して仲間と合流するのが得策だと即座に判断した紫苑は、一人退路を練る。
(おちつけ私…、とにかく動揺なんか見せちゃだめ)
自分で隙を作るなんてまっぴら御免だ。
冷静にそう考え、一度あたりを見回してからスラリと刀を抜く。
「おっ?この女、刀なんて持ってらぁ」
「そんな危ないもん捨ててこっちに来いよ、ヒヒ!」
下卑な物言いに募る嫌悪感。
とにかく早く、早くみんなのところに…
「…おい、こいつ紅蝶々じゃねえか?」
「え?あ……、そーいえば…」
「真っ赤の着物に二刀流の使い手!確かに聞いた通りの容貌だ!」
「おい、必ず仕留めろよ!こいつの首は白夜叉や鬼兵隊総督らと並ぶ価値があるぞ!」
「…………、」
(面倒くさい…な。特徴も、通り名も、私にとってはただ邪魔くさいだけだ。向こうが自分をどう思おうが知ったこっちゃない。こっちはここを抜けるだけ…)
そして紫苑が駆け出そうとした、その時だった。ある天人が嫌な笑みを浮かべながら話し出したのだ。
「そーいやぁ白夜叉といえば……」
「ああ、いまさっき向こうで馬鹿みてぇに暴れてたやつだろ?」
「あいつ本当に人間かよ?ギャハハ」
「ありゃあもうバケモノだな、ヒッヒ」
"バケモノ"
その刹那、彼女の中の何かが切れた。
「は、?」
一瞬、ほんの一瞬。どぱんと何かがはじけたような音と共に風が吹き抜けたかと思うと、次の瞬間には数人の天人の頭が胴体から離れていた。
錆臭い血潮が雨に混じってバシャバシャと地面を濡らす。
「なっ、こいつ!!」
「…………いで…」
「あ?」
「………笑わせないでよ、銀ちゃんが化け物?あんたたちの方がよっぽど化け物だろ?」
「っこの、アマぁぁぁぁ!!」
雄叫び、向かってくる天人が刀を振り上げた瞬間、その天人は倒れた。
その天人の後ろにはいつの間に移動したのか、紫苑が倒れた天人を凍りついた目で見下しながら立っている。
「………遅、」
「!?、速いぞこのおん───」
この天人も最後まで言い切る前に首が宙を舞った。頭から血をかぶった紫苑は突然にこりと笑みを作り、言葉を紡ぐ。
「さあ、次はだあれ?みんなみいんなころしてあげるよ!そのくち黙らせて、もう二度とそのきったない声が出ないようにしてあげる!だから、だから、っ……さっさと消えちゃえ」
ぎらぎらと目に殺気を灯す紫苑の頭にはこの時、天人を斬り伏せることの他にもう何も残ってはいなかった。
まっかにそまる
許さないよ、絶対に。
誰が何と言おうと私の誇りを汚すやつらは、ぜんぶぜんぶ、ぜんぶ壊してやる。