誰もが寝静まる丑三つ時、紫苑はひとり廊下を歩いていた。理由は単純。その足は厠へと向かっている。
(ううー、私のばかばか!寝る前に行っとけばよかったっ!てゆうかこの時間って1番例のアレ、が出やすい時間だったよーな……)
「…………あっはっは!何考えてるの紫苑!馬鹿だなーそんなのいるワケないじゃん!アレはさホラ、作り話だよ?!べつに見えたことないしぃー?そもそもこんな所に居るわけないしぃー?」
小声で辰馬のように馬鹿笑いをしてみるが、元気がでるどころかどんどん虚しくなる一方。
聞こえるのは紫苑の震えた声と自然と早くなる歩調に合わせて聞こえる、ミシミシという足音だけ。
「……ああああー無理だ、無理無理無理。このまま厠に行ける自信ない……。かと言ってあいつ等起こしたら腹抱えて笑われること位目に見えてるし…。よし、仕方ない朝まで我慢しよう。がんばれわた「ミシ、」………し、」
(え?ちょ、いま何か聞こえた…)
──────…ミシ、ミシ、
(ほらぁぁあああああ!!何かミシミシいってるぅぅぅ!!!)
ついさっき例のアレ、のことを考えてしまったからかその音が堪らなく恐ろしく聞こえた。
紫苑が硬直してしまってからもどんどん近づいてくる、足音。
否、普通に歩いていればこんなにゆっくりと聞こえるはずがない。じゃあ…………何?
───ミシ…ミシ…ミシッミシッミシ!
「っ?!」
(なんでいきなり速くなんの?!)
しかも確実にこちらに向かってきている、その音。あまりの恐ろしさにしゃがみこんでしまう紫苑。
(も、やだぁぁぁ!笑われてもいい!誰か、誰でもいいから─────)
「ぎぎぎ、銀ちゃんんん……!」
消えるような声で無意識に呼んだのはあの銀髪の侍の名前だった。
「─────…紫苑?」
そして上から降ってきたのはアレの気配でもうめき声でもなく、あの聞き慣れた、さっき名を呼んだばかりの男の声。
「銀、ちゃん?」
「おぅ。ってお前何で泣いて、ッ?!」
声の主が銀時だと確信した瞬間に紫苑は銀時に抱きついた。いつも決してそんなことをしない彼女に当然驚いて顔を真っ赤に染める銀時。
「ま、まじでどーしたんだよオイ…」
「ううう、ゆーれい………」
「あ?」
「ゆゆゆゆゆーれいかと、思った!」
「はあ?!なんで俺がっ」
「だって足音がゆっくりだったりいきなり速くなったり、とにかく普通じゃなかったんだもん!しかもこんな時間に誰か起きてるなんて思わなかったし……」
そうだ、なんであんな不自然な歩き方だったんだろうと不思議に思った紫苑は、抱きついたまま銀時を見上げる、が、銀時は何故か顔をそむけていた。
「…………銀ちゃん?」
「……っ、いーから早く離れろよ」
「あ、ごめん」
紫苑がぱっと体を離すと、ほっと肩の力を抜く銀時。それもそのはず、
(紫苑の野郎、アレは反則だろ……)
今の紫苑の格好はというと、寝起きで乱れた着流しに潤んだ瞳、そして決め手とばかりの上目づかい。あれはまさにいつの日か高杉にくりだされていた紫苑の"とっておき"だ。
その上抱きつかれているという状態に銀時は理性を保つのでいっぱいいっぱいという状況だった。そうとも知らず、紫苑はけろりとした顔で話し出す。
「てゆーかなんで銀ちゃんはあんな怪しい歩き方してたの?」
「あ?あー、アレはだな…。厠に行く途中にムー大陸がな……その……」
「あーハイハイ、そういえば銀ちゃんも幽霊苦手だったっけ?だからあんな挙動不審な動きしてたんだね」
「は、はぁあ?そんなん苦手じゃねーしぃ。むしろその手の話は得意だしぃ」
「あれ?あんな所に人影が……」
紫苑がそう言った瞬間、大きく跳ねる銀時の肩。それを見てにんまりと笑ったのはもちろん紫苑だ。
「あっはっは!冗談だよ銀ちゃん」
「なっ、紫苑コノヤロー!」
さっきまであんなに怖かったのが嘘のように今は何ともない。やっぱり友の力は偉大だなと心の中で紫苑が呟いた時だった。
──────チリン
「「…………………え」」
確かに聞こえた鈴の音色、それは隣の銀時にも聞こえていたらしく2人して青い顔を見合わせる。
「い、ま……鈴の音、しなかった?」
「いいいやいやいや。き、気のせいだろ。ぎぎぎ銀さん何も聞こえなかったよ?だっていま深夜二時だし、こんな時間にこんなところで鈴なんて鳴るわけ…」
「ってやっぱ聞こえてんじゃんんん!」
───────チリン
「「……………………」」
またしても沈黙が続く。しかししばらくして先に動いたのは紫苑だった。
「と、とにかく部屋もどろ?銀ちゃん。厠とかもーよくない?我慢すれば……」
「お、俺も今それ言おうとしてたわ。
………け…けぇーるぞ紫苑」
どちらともなく繋いだ手にも、今は気を配る余裕はない。とにかく今すぐに部屋にもどりたい一心で二人が足を踏み出した、その時だ。
スルリ、と銀時と紫苑の足を何かがかすめた。何か、何ともいえない感触。
「「────っ?!!」」
あまりの驚きに声もでなかった二人の耳に飛び込んできたもの、それは……
「にゃー」
「ク…………クロ?」
一匹の猫の鳴き声だった。
「んっだよこの糞猫がぁぁあ!!」
「ちょっと銀ちゃんクロに文句いわないで。怒るよ?」
「ぐっ、……でもよー。こいつ鈴なんてつけてたっけ?」
そういえば昼まではたしかに鈴なんてついてなかったはず。不思議に思った紫苑がクロを抱き上げると、尻尾の先で揺れる、金の鈴がひとつ。
「しっぽに鈴………きっと誰かがつけてあげたんだね。よく似合ってる」
そう言いながら頭を撫でてやると尻尾を振るクロ。それに応じて金の鈴がチリンチリンと美しい音を奏でる。
「ま、とにかくよかったよかった!早く部屋に戻ろう銀ちゃん。クロもおいで、一緒に寝よう!」
「はぁ、なんか緊張して損した……」
そうして銀時、紫苑とクロはそれぞれの部屋へと戻り床についた。
──────…そして翌朝
「んん…、おはようクロ。……あれ?」
紫苑が起きると一緒に寝ていたはずのクロの姿はなかった。
「先に行っちゃったのかな?」
夜一緒に寝たとき、朝起きたらクロが消えていたことなんて今まで一度も無かったんだけどなと首を傾げながらも、紫苑は手早く支度を済ませ、朝餉をとりに居間へと足を運んだ。
「おはよーみんな!」
「おぉ紫苑!おはよーさん!」
「おはよう、紫苑」
「…………はよ。」
紫苑があいさつをすれば、上から順に坂本、桂、高杉が返事を返す。
「あ!クロはっけーん」
そして彼女は高杉膝の上で丸くなっているクロを発見した。
「なんじゃー、まっことクロは高杉によぉ懐いとるのー。ずるいき高杉ぃ」
「知るか」
「あっ!もしかしてクロに鈴つけてあげたのって晋助だったり…?」
「あ?あぁこれか。……つけときゃ音がした時、上手く逃げれるだろ?」
「えええ、そんな理由?」
「悪ぃかよ。昨日だって徹夜で作戦立ててた時も俺の膝から離れなくて大変だったんだぜェ?」
「……………、…は?」
その言葉を聞くやいなや、思わず箸を落とす紫苑。
「………え?ちょ、……ええ?」
「あ?何だよ」
「ちょっと待って晋ちゃん。て、徹夜で、ずっと一緒だった…?」
「誰が晋ちゃんだコラ。そうだっつってんだろーが」
寝ぼけてんのか?と聞き返そうとした高杉の声は見事に紫苑の叫び声によってかき消された。
よくよく見てみると高杉の膝上に座っているクロのしっぽに付いている鈴は金色ではなく銀色であったそうな。
あるひとよの
ことでした
でもあの夜の鈴の音は確かに耳に残っているのです。
「ぎゃあぁあ!!「であったとさ」じゃねェェェ!!じゃあ昨日のは一体何だったの?!」
「耳元で叫ぶなァァァ!鼓膜やぶれたらどーしてくれんだ!っつーか何なんだ一体!!」
「ふあぁ、おはよーさん。あれ、どしたの?何か騒がしくない?」
「銀ちゃぁぁぁぁあん!!」
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「……二人共、落ち着いたか?」
「「ぜんぜんんん!!」」
「はぁ、明日からまた開戦だというのに…。これでは先が思いやられるな」
「え……明日、から?」
「あぁ、だから高杉も徹夜で作戦を立ててくれてたんだぞ」
「そっ…か。…が、がんばろうねっ!」
「………、」