「銀ちゃん、」

愛しい君が俺の名をよぶ。

離したくない、離れたくない。
この細い腕も、小さな体も、指通りのいい長い髪も桜色の唇も、俺を呼ぶその声も、全部、全部。

だけど今にも戦争に行こうとする俺にそれを言う資格はない。

もちろん戦場に伊織を連れていけるはずも、ない。

彼女を抱きしめるどころか声を発することもできずに、ただただ立ちつくす俺に向けて、伊織はくしゃりと微笑んだ。

「銀ちゃん、大丈夫だよ。私は大丈夫。そばに居れなくたって、ずっと、ずっと銀ちゃんのことが大好きから」

屈託のない笑顔で伊織が言う。

それと同時に綺麗な雫が彼女の頬を伝って、地面がそれを飲み込んでいった。

「っ、」

「だから、銀ちゃんは生き抜くことだけを考えて?」


――もう私のことは忘れて。


流れる涙はそのままに、笑顔で噛み締めるようにして話す伊織を見て思わず抱きしめた。

瞬間、彼女の甘い香りが鼻をかすめて余計に離したくなくなる。

俺はこの香りを捨てて、鉄の匂いに包まれる毎日を選んだんだ。

伊織を抱きしめているこの手で、人を殺すことを選んだんだ。

それでも、抱きしめたい衝動を止めることなどできなかった。

「忘れねぇ、っおめえを忘れられるわけねぇだろ!」

そう言ったとたん、伊織は今まで作っていた笑顔を壊して、息苦しそうに泣き出した。

嗚呼、今こいつを苦しめているのは紛れもない俺だ。

「でも、だめだよっ、わたし…
銀ちゃんの重荷になるのはやだ!
銀ちゃんの、そんな顔、…見たくなんか、ないもんっ…!」

「…重荷なんかにゃならねぇよ。伊織は、伊織は俺の希望だ。
今も、これからもずっと」

「ぎんちゃ…」

「お前が俺の中に居るかぎり俺は死なねぇ。お前を残して、死ねるわけねぇだろ……っ、」

「銀ちゃん、銀ちゃんっ、ずっと、ずっと愛してる。だれよりも大切だから。だからどうか生きて、生き抜いて…」

最後の口づけは涙の味がした。
暖かなそれは君の最後の温もり。

一緒に居ることが許されないのなら、ならばせめて今は、今だけは抱きしめて、離さない。

そうしていればいつかこの涙も止まってくれる日が来るだろう。

──嗚呼、この世界は残酷だ。
それでも伊織と出逢えたこの世界を守りぬくと決めたから。

だからお願いだ世界よ。


僕らを置いて
    いかないで

どんなものでも背負ってみせるから



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