とくり、とくりと脈打つ鼓動。
悲しいだなんて感情はもうすでに尽きたのだろうか、今じぶんの隣に居る男は、少し前の彼を忘れてしまいそうになるほどに酷く儚く穏やかに、ただそこに座って空をながめているだけ。


「今日は起きていて平気なの?」

「…あぁ、今日は気分がいい。
それにこんな晴れた日に寝てるだけなんざァ、それこそ気分悪くなっちまう」


窓から空を見上げると、そこには澄み切った青空が広がっている。


(……いい天気、か)


気づいてる?あなたは結核になる前、天気なんてものを気にしたことなんてなかったのよ。
空を見るたびに──否、空に浮かぶ鉄の塊を見るたびに、その瞳には憎悪ばかりが募って、青空が映し出されることは無かったわ。

そう言うと彼は昔のように、のどを鳴らして笑った。


「ククッ、そうだなァ。相変わらず世界はあの頃と同じ、腐ったままだ。だが俺ぁ見つけちまったからなァ。こんな汚ぇ世界でも懸命に輝いてるもんを」

「こんなに汚い世界でも………、輝いてるもの?」

「あぁ。………もっとも、俺ァ気づくのが遅すぎたんだがな」

「………しんすけ」

「なんだ…?」

「も、う………これ以上は何も、望まない、から」

「…………………」

「し、死なない、で…っ、」

「……………伊織…」









     「ごめんな」








あなたの口から謝罪の言葉がでるなんて。驚いた私の目に映ったのは、世界を憎む獣の姿なんかじゃなく、ただ優しく泣きそうに微笑んで、私の頭をあやすように撫でている男の人だった。
どうやら、悲しいという感情が無くなったと思っていたのは間違いだったらしい。
なぜならばその瞬間、涙があふれて止まらなくなったからだ。







人とはなんと儚いものでしょう。
でもそこにはきちんと美しさがあって、それは散りゆく桜のように、手のひらの上で消える雪の結晶のように、人のこころの中に強く残るのです。

あなたの死が私から消えないのも、きっとそのせいなんです。

とくり、とくりと脈打つ鼓動。
それが止まったその瞬間、私は恋の終わりと共に一度死んだ。
時間よ止まれと願ってやまなかった私の想いなんて虚しく。 


秒針は優しくない
感情とは裏腹に無情にも時は過ぎゆく



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