出逢ってしまったことが悲しいわけではない、ましてや嬉しいわけでも何でもない。
あいつのようであいつではない。
名前は"ひいろ"というらしい。


「ねえしんすけ、お腹すいた」
「………」
「お腹すいたあ」
「何で俺がてめえの世話焼かなきゃいけねえんだ」
「ここに連れてきたのしんすけだから」
「………」
「…ちゃんと帰れてたらおいしいご飯食べれたのにな……」
「……飯ならもう頼んでる。待ってりゃ運んでくるんだよ。少しぐれえ待てねえのかてめえは」
「わああ、ありがとう。待ちます」


警戒心なんて微塵も感じさせないこいつに、…ほんの少しだが、戸惑う。
いまだに表情を見せないこと以外には昔と何ら変わらぬこいつ。
素直に言葉を吐き出す、好奇心の塊。

布団から起き上がってからというもの、窓辺に腰掛けている俺の周りをちょろちょろと動き回っては不思議そうな顔をして部屋を見渡す。

行動はガキそのものだが、表情が無いせいで年齢がよく分からない。
こいつが自分の年なんざ分かるかどうかも謎だったが、聞いてみれば案外すんなりと答えてきた。


「じゅう…に?さん歳くらいって」
「くらいねえ…」
「私おにいちゃんに拾ってもらったんだって。それが二年前だから、たぶんそれくらいじゃない?って」
「適当だな」
「そうなの?」
「まあでも、そんなもんか」


中身は置いておくとして、外見は確かにそこらに見える。
だからと言って、どうというわけでもないが。


「…あ」
「次はなんだ」
「ごはんだ!」


つられて襖の方に目を向けたがまだ人のいる気配はない。なにを言っているんだとも思ったが、数秒あとに遠くから足音が聞こえだし、驚くよりも先に呆れた。


「…てめえは犬か」
「え…わたしはひいろだけど…」
「…………」
「失礼いたします。夕餉の方をお持ちいたしました。こちらに置かせていただきますね」
「ありがとう」


店の女がそう言って置いた飯に向かって、飛びつくように駆け出したひいろ。
飯を見つめるその表情はあいかわらずだが、心なしか瞳が輝いているようにも見えた。


「おまえ、礼なんて言えんだなァ」
「うん。ありがとうと、ごめんなさい。あといただきますとごちそうさまでしたは、ちゃんと言わなきゃ駄目なんだってお兄ちゃんが」
「……ほお」
「ねえ、食べてもいいの?」
「好きにしろ」
「いただきます」


一生懸命に小さな口を動かして飯を頬張るその姿が、また面影をちらつかせる。

嬉しそうに見えるのが気のせいでないといい。ほんの少しでもそう思った自分に心底おどろいた。



 
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