ひどく動悸がする。なんてざまだと自分に言い聞かせても特に効果はなかった。

こいつは悪い夢でも見ているだけかもしれない。幼い子供は感受性が強い。すぐに泣く。
だからだ。それだけだ。
無意識のうちにそう言い聞かせている自分に気がついて舌を打つ。

そんなさなかのこと、少女が小さく身じろいだ。


「…ん……、…?」


薄く瞼を持ち上げ目をこする。
泣いていたのはただの一瞬で、すでに痕すら残ってはいなかった。

そうしてゆっくりとした動作できょろきょろと辺りを見渡すと俺に目を留める。
さっきとは違う、随分と落ち着いた表情をしている気がする。

いや、そんなことよりも。
逃げ出すどころか、慌てた様子すら見せないその姿はあまりにも奇妙だった。


「…随分と遅いお目覚めだなァ」
「………」


少女は何も答えず、窓の外へと目を向けた。
そこには何もない。夕日の沈んだ空。
光は沈んで消えたあと。
つかの間だが、俺が美しいと思えるゆいいつの色がそこには広がっていた。

そんなことを思う刹那、消えるように音が落ちた。


「…ひ、が」
「!」
「……陽が、ない…」
「何だてめえ、口利けるじゃ…」
「…もうない」
「なに言ってんだ…?」
「…………」


そう言ったきり黙りこくるこいつにまた一つ疑問が募る。
下を向いて布団を握りしめているその姿はしょぼくれているような、落ち込んでいるような。

あからさまに"子供"のような。


「……おめえ、」
「?」
「さっきまで人形みてえな顔してたくせになァ」
「わたし人形じゃない」
「何故あそこに居た」
「………」
「は、また黙るのか」
「知らないひととは話さない」
「…またそれか」


頑なにそう言うこいつ。
どこまで躾られてんだ。いや、誰に?

だが思考を巡らす間もなく返ってきたのは、さっきとはまた違う言葉だった。


「だから、あなたの名前も聞いていい」
「……あ?」
「なまえ聞いたら、知らないひとじゃない」
「…………」


へんなやつだ。こいつは。
ひいろの姿をして、俺の名を尋ねる。

昼間のことが嘘だったかのように、いま俺の目の前にいるのはどこまでもただの子供のようだった。

だがその子供に、いったい俺はなにを期待しているのだろうか。


「……晋助」
「?」
「高杉、晋助だ」
「…しんすけ」


確かめるように名を呼ばれた。
それだけで。
とっさに開きかけた口をつぐんだ。

呼び返しそうになった、その名を。

彼女を。



 
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