あいつのことを忘れるなんてきっと不可能じゃないかと思う。
理由なんて立派なものはない。
ただ、俺の世界そのものだった先生が俺に生きるすべを教えてくれたように、あいつも俺に沢山の感情を持たせてくれた一人だということ。
他人のことで苦しくなったり、悔しくなったりしたのはあいつが初めてだったということ。
ましてや何かを愛おしく思うなど、きっとあいつ無しでは知り得なかったものだということ。
たったそれだけだ。
あいつは特別美人なわけでも、聡明なわけでもない。幼い頃から嗜んでいたぶんその辺の奴らと比べれば格段に剣の腕前は上だったが、女は女。戦禍の中では目立つ存在でも無かった。
それでも、あいつが笑うだけで。
ひいろが笑うだけで彼女ほど綺麗な人間など居ないと断言できた。
愛していた。誰よりも。
「 」
懐かしい声が聞こえたような気がして、ふと意識がもどった。
と、その瞬間に自分の失態に気がつく。
気を抜くつもりは無かったというのにどうやら眠ってしまっていたらしい。
すぐに少女の方を見向けば未だ眠りつつけているその姿を見つけて思わず息を吐いた。
「…まだ寝てんのか」
部屋の中はまだ僅かに明るい。自分が眠っていたのもほんのつかの間のことだったらしい。
少女の近くによりまじまじと顔を見る。…やはり生き写しのようだ。
「……なあ、どうしてお前がこんなところに居る」
まるで死んだように眠る少女にむけて意味もなく問いかけた。
あの時は届かなかった。
届かないまま遠くへ行ってしまったはずの彼女が、いま手を伸ばせば届く距離にいるようだった。
「 ひいろ…、」
頬に手を添え囁いてみても、ただただ胸が痛んだ。
どんなに似ていたって、あいつは確かにあの時死んだ。
その事実が変わることはない。
現に彼女は有り得ない姿でここにいる。
ちがう、こいつは彼女ではないのだから当たり前だ。
なあ、そうだろう。
(そうだろう。なのに、どうして、)
俺が彼女の名を囁いたその瞬間、少女の瞳から涙が零れた。