「………あ」
つい口から零れた呼び名に応えた少女は、しまったというふうに口をふさいだ。
情けない、俺はいまどんな表情をしてんだろうな。
姿形は何年も昔のそれ、声も、瞳のいろだって、…俺が違えるわけがねえ。紛れもなく、記憶の中のあいつだ。
さらには名前すら同じ?
こんな偶然はありえるのか。
意味がわからない。
でも。ああ、そうだ。
あいつは確かに死んだんだ。
「……お前はひいろじゃねえ」
「…、?」
「…お前、だれだ」
次の瞬間、ひいろのなりをした少女は突如として顔色を変えたかと思うとばっとその場を飛び退いた。
幼いながらに空気が変わったのを感じ取ったのか。否、それ以前にどこでその感覚を培ったのか。
しかし所詮は子供。
捕らえることなど造作もない。
「!い…っ、」
「なあ、お前は誰だよ」
「……知らない人には、言わない」
「こっち向け、顔見せろ」
顎を掴んでこちらを向かせればまるで敵に向けるような視線を俺に投げつけてくるこいつ。
いや、こいつからしてみれば俺を"敵"と見定めるのに何の迷いも要らないのだろう。当然だ。
「…………」
「…………」
「……や、離して」
「お前、ひいろって言ったな」
「…っちがう離して!」
次の瞬間、こいつは子供のそれとは思えぬ動きで俺の腕を振り払うと、刀に向かって手を伸ばした。
どうやら完全に俺のことも斬り捨てるつもりらしい。
恨まれるのには慣れてはいるがこうも唐突に、そればかりかひいろのなりをした子供に殺意を向けられるとはと。
なんとも言い難い感情が芽生え、思わず零れたのはため息ひとつ。
だからと言って逃がす気など、さらさら無いのだが。
「てめえにはまだ聞きてえことがある」
ひとことそう言い終えるのと少女の手から刀が転がり落ちるのとでは、はたしてどちらが先だったろうか。