擦り切れた草履によごれた着流し、ところどころに赤い飛沫を散らしている髪の毛。
記憶の中の少女と重なるものは多くはなかった、が、純粋無宅なその瞳だけは変わらず俺を映していた。
いつの間にか俺は駆けだしていたようで、気付いた時には少女の両頬を持ち上げていた。
見れば見るほど重なる面影に心拍数は上がるばかりで、言葉が見つからない。
そして今思えば不思議なことに、少女はその間逃げ出す素振りどころか焦る様子もなく、不思議そうにじっと俺を見つめていた。
「……お、まえは…」
「………」
「……名前は、名前はなんだ」
「………だれ?」
はじめて少女が口にした言葉は俺の求めたそれではなかった、が、声は確かに俺の求めていたものそのものだった。
有り得ないと分かっているはずなのに、心のどこかで歓喜している俺がここにいる。
「……知らないひととお喋りはいけないんだよって、ゆってた」
「………あ…?」
「だから、言えない」
人差し指をくちもとで立てて少女がそんなことをいう。無表情は変わらない。
俺はただただ言葉を失った。
少女が言っていることは常識的にみれば間違ってはいないだろう、が、あまりにも常識とはかけ離れたこの血だまりの上で言うような言葉でないことも確かだ。
不自然にもほどがあるだろう。
奇妙に感じるのもまた、当然だ。
しかし俺が言葉を探しているその間にも少女は俺の腕をするりと抜け、落ちていた刀を拾い上げると踵を返そうとしていた。
「…………」
「じゃあ、 …さよなら」
「……ひいろ、」
「なあに?」
「!」
「……、あ」
視線を上げた先には手を口にあてて驚いている様子の少女が見えた。