賑わう街並みを後目に男は飄々とした態度で歩を進めていた。
ささから僅かに覗く口元は僅かに弧を描いてはいるがその目は笑ってなどいない。世間に向けられる彼の視線には何の感情も含まれていない。
「くだらねえ…」
ぽつり、呟かれた言葉は街の喧騒に消えてゆく。
彼から何もかもを奪っていった戦争が終わって、江戸は変わった。
つまらない光景があたりに蔓延る。
求めていたはずの未来など、彼にとってはどこにもなかった。そして彼が首領を務めた鬼兵隊という組織すら、いまは無い。
飢えたケモノは空を見上げた。
モノクロの街と同じくして、空もまた今にも落ちてきそうな鉛色をしている。
そんな中、ふと鼻を掠めたに血のにおいに彼の口角があがった。
目を向けてみるとそこには細い路地が見える。
(真っ昼間から酔狂な奴がいるもんだ)
そちらの方に足を向けた自分もまた、そうだが。
人斬りか。面白い人間ならば誰でもいい。退屈しのぎにでもなれば何よりだ。
どうでもいい。くだらねえ。
どこを探したってもうあいつは居ない。
唯一愛しいと思えた女だった。
護りたいと。…最期を見ることすら、叶わなかったが。
何百と後悔したか分からない。
あいつが消えた日の夜。俺は俺のエゴでひいろを追おうとした銀時を止めた。
確かにあいつが戦争を抜けるならばそれで、と思う気持ちもあった。
だが、あのとき俺の心を占めていたのはそれではなかった。まるであいつに捨てられたような気持ちで、それが悔しかった。苦しかっただけだ。
まだ幼かったなど、ただの言い訳にしかならない。
もし、追いかけていたら。
そんな選択肢はとうの昔に期限がきれているというのに。
路地の奥へと足を進めながら頭の中はあいつのことでいっぱいだった。今でもたまにふと思い出すと止まらない。こんな瞬間がある。
だが角を曲がったとたん、いっそう濃くなった血のにおいに、ようやく自分がそれを追っていたことを思い出した。
気持ちがわるいほどそこは静かだった。
目の前に続く薄暗く細い道のうえには何かが横たわっている。そしてそのすぐとなりには赤く濡れた生き物が腰を降ろしているのが見えた。
とたんに異質な空気が漂う。路地に入っただけだというのに、まるで知らない世界に足を踏み入れた気分だった。
さらに一歩踏み出すと血だまりの中で何かが振り向いた。
その何かはまだ年端もゆかぬ少女。
見たところ九、十才といったところか。
ぺたりと地面に座り込んでこちらを見上げている。
けれど目が合った、瞬間、自分の顔から笑みが消えたのを感じた。
心臓が痛いほどに大きく鳴る。
「……な、んだ、てめえ…」
「…?」
息をするのも忘れる。あまりにも見覚えがあるその姿。
有り得ない。
───嗚呼、どうして。
「 ひいろ、」
そんなことは有り得ない。