窓辺にひじを突いたまま、いつの間にか眠りに落ちていたらしい。
明るんだ空の光を浴びて目を覚ました。

傍らに敷いてある布団には誰もいない。
その代わりとでもいうように、雀が小さく鳴いた。


久方ぶりに深い眠りに落ちた。
そのせいか、不覚にもあいつが出ていったことにすら気づけなかったらしい。
昨夜のことが嘘だったかのように、いまこの部屋には静寂が満ちていた。

本当にただの夢だったのかとすら、思えるほど。

けれど僅かに残った布団の温もりが、確かについ先ほどまであいつがここにいたことを証明していた。


(…夜は外に出るな、か……)


夜明けと同時に外に出たか、まだ登りはじめたばかりの太陽を眺めながら思う。

名残など微塵も感じさせないその行動の速さに、つい苦笑が漏れた。

もう会うこともないだろう。
未練などはない。


(…………ひいろ、)


ただ、最後に見たあの顔が消えない。











あれから何事もないまま数日が過ぎた。
そもそもこの街に住んでいるのかすら知れないあいつとあの日会えたのは奇跡みたいなもんで、街を歩けどあいつの姿を見かけるはずもなく。
期待もしていなければ望んでもいない。
モノクロの街はやはりそのまま、世界は廻りつづけている。


「ふむ、またリズムが変わった」


…何事もなかった、では語弊がある。
いま俺の隣には変わり者の男がひとり。
あいつが姿を消したその翌日に出逢って以来、なにをするでもなく俺をつけ回している。…巷では有名な、おかしな奴だ。


「……人斬り万斉が俺に何のようだ」
「お主、"元"鬼兵隊総督、高杉晋助でござろう」
「…さあなァ」
「実に面白い、聞いたことのないリズムでござる。無音の中でたまにチラつくノイズがメロディーにすら聞こえる」
「……………」


変わり者もいいところだ。
何より、好き好んで俺のあとをついて来る人間などそうそういない。
少なくとも戦争が終わってからは誰ひとりとして居なかったはずだ。

あいつらはもういない。


「………鬼兵隊…」


久方ぶりに耳にしたその音はどこか懐かしいものだった。
あの戦争をつい最近のことのように思っていた。にも関わらず、やはり時は過ぎ、過去は遠のく。
遠のいて遠のいて、見えなくなってしまえばやがて忘れてしまうのか。

忘れられてしまうのか。


「…なァ、お前はこの世界をどう思う」
「? それはどういう、」
「確かに…俺にも美しいと思えた瞬間はあった。が、どうやらとんだ思い違いだったらしい。どうしてこの空を、世界を、一瞬でもかけがえのないものだとすら思えたのか、今は想像もできねえ」


あの戦争は終わっちゃいねえ。
忘れるではなく、思い出せばいい。
あいつを傷つけ苦しめた世界は未だここにある。のうのうと回り続けている。

享受する?ふざけんな。
俺はあいつを見捨てねえ。


「なァ、万斉──…」


だってそうだろう。
さきに俺のかけがえのないものを奪ったのはどっちだ。

もう二度と色は灯らない此処で、俺は償いなんざ求めねえ。

ただ壊すだけだ。たとえその先に、何も残らなかったとしても。



 
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