「ねえねえ」
「黙って食え」
「しんすけ食べないの?」
「…今はいらねえ」
「どうして?」
「食いたくねえからだ」
「そっか。でも一緒に食べたら、おいしいのに」
「そんなもん変わんねえだろ」
「だって、一緒においしいねって食べたらもっとおいしいんだよ」
「……」
「ねえ、だか「いいから早く食え」
「……、ん」


納得がいかないのか、驚いたのか、はたまた悲しんででもいるのか。
表情にそれらを出さないこいつがいま何を思っているのかは俺には分からない。
ひいろはそれきり無言で箸を進めていた。

それなのに何故だか、俺にはこいつが腹を立てているように、みえた。
それからつい口をついて出たのは、俺のそのままの言葉。


「……なに怒ってる」
「…え?」
「腹立ててんだろ、おまえ」
「え、え」
「……本当、おまえは昔から、…」
「?」


はたと口を閉じればひいろがじっと俺のほうを見て首を傾げていた。
…訳が分からないのは俺のほうだ。
俺は一体いま何を言いかけた。
こいつと出逢ったのはついさっきだろ。
ああなんて、馬鹿げてる。


「…しんすけ、」
「………あ?」
「びっくりした」
「なにが、」
「どうして私の思ってたことが分かったの?」
「………」
「…しんすけはさっきから不思議だね」
「…さっきから?」
「でもね、私怒ってないよ」
「………そうか」


そう言って箸を進めるひいろ。
無表情にも関わらず、それはそれは嬉しそうに。


「しんすけ、ご飯おいしいよ」
「そうかい」
「………ねえねえ、」
「…次はなんだ」
「わたしね、夜の空も好きだけどお昼の空も大好きなの」
「…あ?なんだいきなり」
「ほら、あれ」


そう言って指を指したのは窓の外。
目を向けてみても何もない、とうに太陽の落ちた空には夜の闇が掛かっている。
しかしまっすぐにひいろが見つめるそれはその先にあったらしい。


「お月様がとても綺麗だから、優しくて、だから夜は好き」
「……そうかい」
「でもね、朝が来ればお日様が出るでしょ。眩しくて、初めはくらくらしちゃうけど、お日様はあったかいの」
「そりゃそうだな」
「ぽかぽかしてるの。私、あったかいのなんて別に知らないのに、なんだかね、なんでだろう。とても安心するんだ」
「…………」


まっすぐに外を見つめていたひいろが俺のほうを向いた。
相変わらず表情ひとつないこいつが何を言おうとしているのかはよく分からない。けれど先ほどに比べ随分と落ち着いた目をしているこいつは、いま確かに俺に何かを伝えようとしている。


「…本当はね、さっきからずっと不思議なのはしんすけだけじゃないんだよ」
「?」
「わたし今ね、夜なのに、なんだかとてもあったかいんだ」
「………」
「しんすけのそばはぽかぽかするね」
「………ひいろ、」
「すごく、ほっとするね」


一瞬、ほんの一瞬のこと。
ほんの少しだけ、けれど確かに笑ったこいつは、今度こそぴたりと遠くのあいつに重なった。
否、そう見えたのはただの俺の願望なのか。

ずっとずっと懐かしい、俺の愛したそれは情けなくなるほど、

情けなく、なるほど──


「わっ」
「…………」
「しんすけ?どうしたの」
「…………」
「  泣いてるの?」
「…………」

「しんすけ」


いま掻き抱いたこの体はきっとひいろのものなんかじゃねえ。ひいろの魂はここには無いのかもしれねえ。

それでも、少しくらいならいいだろ。


なあ、あと少しでいいから。

まるで救われたような気持ちでいるこの俺に、誰も気づいてくれるな。



 
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