それはそれは月の美しい夜だった。
静まり返った拠点の廃寺はまるで私の背を優しく押してくれているようで、引き止めるものが何もないことが素直に嬉しかった。

もうその重さにも慣れてしまった刀を腰に差し、ゆっくりと自室を出る。

見張り番の死角になる場所ならちゃんと把握してるし、こんな時間に外を歩く人間なんて誰もいない。なんせ明日は今までにないくらいの大戦になるってヅラが言ってたもの。きっとみんなそれに備えて体を休めることに専念するはず。


(大丈夫、誰も見ちゃいない)


拠点を抜け出してまっすぐに歩を進める。夜目が利くのはありがたかった。それを培ってくれたのがこの戦争であるということを思えば、苦笑する他にないのだけれど。


***


しばらく歩き続けたのち、立ち止まった私の目の前にあるのは天人たちが今夜拠点としているらしき場所だった。

思っていたよりもずっと近くに奴らが居たものだから少々驚いたけれど、明日私たちの陣に攻め入る予定だったとするならばおかしくはないかと思い直した。


(そんでまた、明日もまたたくさんの命が消えちゃうのかな)


その情景が頭をよぎって、ずきりと胸が鳴った。締め付けられるようなこの胸の痛みを私はもう何度経験したか知れない。
それでも一向に慣れないその感覚に、私はそっと安心していた。


「…だいじょうぶだよ、」


これでみんなが救われるだなんて思わない。それでもいい、ただのエゴだなんて分かってる。
それでも、私は。


「………私がちゃんと、護るから」


ごめんね、晋助。今まで何度も何度も彼にそう伝えてきた。
でもね、きっとこれで最後だから。


(だからどうか許してね)


駆け出した私の手には一振りの刀。
さようならなんて言わないよ。



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