夏の終わり、つい最近までじりじりとした暑さが続いていたのが嘘だったかのように、今日はひんやりとした空気が辺りを落ち着かせている。

しかしそれとは裏腹に高杉はその日、どこか落ち着かない気分で縁側に腰をおろしていた。

久しぶりの休戦日だというのに、彼が珍しく布団から出てそうしているのはそのような理由がある。

しかしだからといって何をするでもない今は彼にとって暇以外の何でもない。


「…ち、何なんだよ」


そう呟いてみても何かが変わるわけではなく、小さく悪態をついた高杉はふとある少女のことを想う。


(そういえばあいつ、この時間なにしてやがんだ)


それは女中としてこの拠点で生活している名前のことだ。

まわりの連中が花のようだと騒ぎ立てるあいつ。たしかに俺もその通りだと思った。ただ、あいつらと俺の考えはきっと違うだろう。
俺があいつを花のようだと感じたのは美しいからだなんだの理由じゃねえ。

あいつの声が、笑顔が、雰囲気が、あいつを彩るもの全てのものがあまりにも儚く思えたから。単純にああ花みてえな女だなと、そう思った。


「晋助さん?」


ふと聞こえた声に顔を上げてみると、そこにはたった今思い描いていた人物が立っていた。


「何をしていらっしゃるんですか?」
「…べつに、何も」
「ふふ、そうでしたか。…お隣よろしいですか?」
「勝手にしろ」


くすくすと笑みをこぼしながらそっと隣に座る名前。
理由もなく俺に近づいてくる奴なんてあいつら以外では始めてだと、少し驚いている俺に気づくこともなく、あいつは俺の方を見向いて言った。


「良い天気ですね」
「は?」
「空気は冷えていて日差しは暖かい。今日はとても心地の良い日です」


こいつがそんなことを言ってふわりと笑うと、辺りの空気もほんの少し優しくなった気がした。
そうか。天気、なんて最近気にしてすらいなかった。季節を追いかけるだけでも手一杯だったように思う。


「…たしかに、今日はな」
「明日は雨でも降るんですか?」
「いや、知らねえけど。…ただ明日からまた戦が始まるからなァ」
「………」
「天気なんざ見る暇もねえし、正直どうでもいい」


そう言うと隣の名前が密かに目を伏せた。どうしてお前がそんな表情をするんだ。べつに悲しいことなど言ってはいないはずなのに。


「明日の天気は…私には分かりません」
「あ?」
「だけど晋助さんたちが帰ってくる時、たとえ雨が降っても、雷が落ちても私はきっと皆さんを迎えに行かせてもらいます」
「………」
「だからちゃんと皆さんで帰ってきてくださいね」


その瞬間、不覚にも胸が鳴った。
いつの日か失ったあの温もり。
穏やかな笑顔とあの、儚げな雰囲気。

無性に触れたくなって、気づけば至近距離にあった名前の顔。
目を見開いたこいつが目の前にいた。

やべえ、欲しい。


「し、しんすけさ…?っ、い…!」


小さな叫び声と共に名前の体が跳ねた。いきなり肩口に噛みつかれたのだから当たり前の反応だろう、驚いた様子の彼女が俺の顔を見る。自然と口角が上がるのを感じた。


「い…痛いです」
「だよな」
「…分かってるなら止めて下さい」
「………鉄の味がする」
「そりゃあ、生きてますから」


生きてる。
そうか、こいつも俺も"生きてる"。


「ど、どうして笑ってるんですか?」
「何でもねえよ」
「…ふふっ」
「あ?なんだよ」
「……なんだか嬉しいんです」
「?」
「晋助さんの笑顔、はじめて見ました」
「………、!」


ふわりと綺麗に弧を描く唇。いきなり噛みつかれて、なんで笑ってやがんだと感じた瞬間その笑顔にきっと俺は見惚れてた。

だけどそれと同時に俺は神とやらの皮肉さに絶望した。

どうしてだって、綺麗な弧を描いた唇からは先ほど味わったそれと同じく、微かに血の臭いがしたからだ。

自分が彼女を儚げに感じた理由。
胸騒ぎの理由が齎したもの。
それは残り少ない命のタイムリミット。


ペルソナの夏


いつから隠していたんだ。そんなことを問いただしても仕方がないことなんて分かっていた。
そしていつもこうして俺が心から欲したものは簡単に世界から滑り落ちていく。


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