ひどく重苦しい曇天が続いていた。
いつになったらこの空は晴れ間を覗かせるのだろうと待ちわびていた私を裏切るかのように、私たちに降りかかってきたのは絶望とも呼べる知らせだった。
後に攘夷戦争と謳われるこの戦いも終盤に差し掛かったその頃。いつものようにこの陣営の部隊長である銀時、小太郎、晋助と私が部屋で次の戦陣と戦法を練っていた時のことだ。突然弾かれたように開け放たれた襖と、その襖を開けた本人であろう男の焦りように私たち四人はぱちくりと目を見開いた。
「てめえ…ノックも無しにいきなり入ってくるたァどういう了見だ?」
「ちょっと晋助その顔怖いから止めて。…で、君はどしたの?そんなに慌てて…汗もすごいよ?」
「み…っ、皆さ、あいつら、あいつらがっ…!」
取りあえず落ち着いてもらうため私は微笑んでみたけれど、まったく効果は得られなかったらしい。それどころか益々落ち着きを無くしていく彼の様子に私は表情を引き締めた。
すぐさま小太郎が彼に駆け寄り、肩に手を置いて声をかける。
「しっかりしろ!何があったんだ」
「江戸に…ば、幕府の連中に武器の調達を申し出るため江戸に向かった鬼兵隊の者約十数名が…ひ…一人残らず、っ」
突然の、あまりにも信じられないその言葉に私は声を失った。銀時も同じだったようでただただ目を見開いて彼を凝視している。そうしてほんの少しの間を開けて、最初に声を絞り出したのは晋助だった。
「………なんだと…?」
「さっき村に降りた時に、入ってきた情報で……」
「…っ、馬鹿な!あいつらは天人共には通れないような経路を進んでいたはず!見つかるなんて有り得ない!」
「ちが、違うんです…、桂さん…」
「…それは、どういう……」
「鬼兵隊の奴らを捕らえたのは天人共じゃない…んです、…っ幕府、の」
消え入りそうに呟かれたその単語に私は耳を疑った。鬼兵隊を捕らえたのは天人じゃない?幕府の連中?…まさか、そんなことあるはずが無い、…いや、無いに決まっている。だって私たちは死に物狂いでこの国を護ってきた侍なのだ。そんな私たちを裏切るような真似を国が、幕府がするはずが無い。
「あなた、何言ってるの…?それこそ有り得ない。だって幕府は私たちの、侍の味方じゃ…」
「……裏切りやがったのか」
「え…」
銀時の言葉に部屋内の空気が震えた。
小太郎は眉を寄せて唇を噛み締め、晋助は俯いたまま表情を見せない。銀時だけがまるでこの事態を予想していたかのように冷めた目をしていたが、その目にも確かな怒りが見える。考えたくもなかった事実がそこにあった。
「…行かなくちゃ」
「名前?」
「助けに行かなくちゃ…、っ」
「待て馬鹿者!どこに行く気だ!」
「っ離して小太郎!早く助けに行かなきゃみんなが!」
「……」
「みんな、が…また…」
消されてしまう、昨日まで共に笑いあってきた仲間が。しかも戦場などではない場所で、敵ではないはずの"人間"に。
「どうして?」
こんなことで彼らが命を落としていいわけがない。
「………」
「高杉!貴様もどこに行く気だ!」
「……うるせえ」
「何…?」
「もともと国や幕府がどうなろうがどうでも良かったんだよ、俺ァ…。天人が憎い、奴らが作り上げたこの世界が憎い、…国が奴らの見方するってんならこの国ごとぶっ壊す、そんだけだ」
「晋助、何言ってるの?」
「…ああ、なんだろうなァ。今まであったつっかえが取れた気分だ」
「しっ…、……」
やっと言葉を発した高杉の表情を見て、背筋に冷たいものが走った気がした。
そこには笑う鬼がいた。
「く、くく…」
「しん、すけ」
「はははは、っ、はは!」
自分の眼から涙がこぼれ落ちた理由をわたしは知らない。何も知らず、分からず。ただ確かなのはその時わたしが何かに恐怖していたという、それだけ。
獣は鳴く、少女は泣く
まるで彼が消えてしまうようで。
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