澱んだ色をした空の下、乾いた空気に砂塵が舞い上がる。
今日もまた銀時らが所属する攘夷軍と天人らによる大戦があった。

数え切れないほどの傷を拵えた彼らが帰り着いた先には僅かに残る仲間たちがちらほら。そんな中銀時はある人物の姿を探す。


「なあ、名前見てねぇか?」
「名前?お前またあいつを探しているのか…」
「…またって何だよヅラ」
「ヅラじゃない桂だ。…お前はいつも帰ってくるたびに名前名前と探しているだろう。もう昔とは違うんだ、そんなに心配せずともあいつとて道に迷ったりなどしないだろう」
「…、俺は別に心配なんざしてねえ…」
「はぁぁあ…分かった分かった、名前ならこの先の部屋で待機してるはずだから行ってこい」
「おい、何だ今のため息!なんかめちゃくちゃ腹たつんですけどォォ!」


そう言っている内にもすぐさま廊下の角を曲がって姿を消してしまった桂に、銀時はぐちぐちと文句を言う。
そんな時だ、背後で襖が開く気配がしたのを銀時ははたと感知した。そしてそれと殆ど同時に耳に入った声。


「おー銀時!おつかれさま!」
「…名前さんよー…、いつも言ってっけど帰ってきたら俺んとこに一言、何か言いに……」


聞き慣れたその声に何の躊躇もなく後ろを振り返った銀時が目にしたのは先ほど探していたはずの名前の姿。しかし彼の知っている彼女とはある部分が大きく変化していた。


「お…まえ、髪が…」
「ん?あー、うん。邪魔だったからさ、切っちゃった!」


そう言ってにっと笑ってみせた名前。腰上で緩やかに揺れていた彼女の髪の毛は今や肩に少しかかる程度の長さしかない。驚きに目を見開く銀時が口を開く前に、名前がぷっと噴き出して笑った。


「あはは!ちょっと、銀時ったらなんて顔してんのよ」
「おまえ、何で…」
「なになに?あんまり可愛くなっちゃってびっくりした?」
「俺は何でだって聞いてんだ」
「あー、でもごめんね。私はみんっなのアイドルだからさ!」
「聞けよ!お前ずっと先生みたいになりてえとか言ってたじゃねえかよ!なのにどうしていきなり、っ」
「………ええー、言ってたっけそんなこと。銀時の勘違いじゃ…」
「ちゃんと俺見ろ目ぇ合わせて話せ!何が言いてえんだよ!」


一瞬の沈黙とその刹那、がらりとその場の空気が冷え込むのを銀時は感じた。ずっとへらへらとおどけたような笑みを見せていた名前が一瞬の内に表情の全てを消し飛ばしたからだ。

は、と銀時は彼女の肩から手を離した。次の瞬間。名前が銀時に向けた表情は今まで見てきた彼女のそれとは思えないほど冷たく、哀しみなのか怒りなのかも検討がつかぬものだった。

例えるならば憎悪とも呼べる、それ。


「なんで、って…さっき言ったまんま。邪魔だからだよ」
「…だからって何で、いきなり…」
「うん。今日ね、天人に髪の毛を引っ張られたんだ」
「……」
「そんでね、たぶんあと一瞬反応が遅れてたら首持って行かれてた、」
「…だから、邪魔なのか?」
「……違うだろって目してるね」


そう言ってにっこり笑った名前が、銀時にはまるで泣いているように見えた。
何かが崩れる音がした。
ずっと支えにしてきた、何かが。


「どーして銀時は分かっちゃうかなあ」
「………俺はただ、思った通りに言ってるだけだ」
「うん、分かってるよ。分かって、る」


唐突に何の前触れもなくぽろぽろと溢れ出した涙は名前の頬を濡らす。

それを目にした銀時はそれに驚く様子もなく、ただ苦虫を噛み締めたような顔をして名前の頭を撫でてやった。
それでも涙は止まらない。


「私、先生みたいになりたくて、ずっと、大好きで、ひ、…っ少しでも近づきたかったから、先生に、…か、髪、のばして…」
「…ん、知ってる」
「なのに、いくら髪なんてのびても…っ、せんせいはどんどんとおくなる!」
「……」
「せんせいみたいになりたくて、かみをのばして、……せんそうに、でて…、せんせいをおもってのばしたかみのけがじゃまだって、っ…そうおもったときにね、もうだめなんだって、おもったの!」
「名前、」
「わたしはきっともうせんせいにちかづくことすらできないの!」


だからいっそのこと全て忘れてしまいたいと願ってる。幼い頃に憧れた、あの人への想いを込めて伸ばしてきた髪を"邪魔"だと、そう感じた自分がもう大嫌いだから。憎くて憎くてたまらないから。
なのに涙が止まらないのはまだ彼女が諦めきれていないからだと、彼女自身も気づいていた。それでもあの人を追い求めてしまう自分が許せなくて、情けなくて、またひとつ涙が落ちる。
けれど彼女が何よりも辛かったのは自分自身への憎しみよりも何よりも、先生と自分との距離がどんどん離れているということを実感してしまったことだった。

銀時は名前の顔を胸板に押し付け、ただただ彼女の頭を撫で続けた。
そんな彼自身の瞳にも薄い涙の膜が張られていることに彼女は気づかない。
腕の中で涙を零しながら震える彼女を見て、銀時は胸中で彼の人に問いかける。


(なあ…先生、誰かを護るってどうしてこんなに難しいんだ)

(あんたが俺を救ってくれたみたいに、俺はこいつを救ってやりてえのに)

(俺はこいつに何もしてやれねえ)


強さなんてものは要らない。ただ今は彼女を救うことのできる術だけが欲しい。

そんな少年のささやかな願いさえも、聞き届けてくれる神さまとやらは其処にはいなかった。


たった一つ、一つだけ


頼むから、もうこんなに傷ついたこいつから何もかもを奪うのはやめてくれ。


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