「鬼さんこちら」


呼ばれている、そう感じたことに小さく絶望した。俺は俺のことを鬼であると自覚してしまっているらしい。悲しい、なんて。そんな陳腐な言葉を今更述べるつもりはさらさらないけれど。


「手の鳴る方へ」


俺を呼ぶ声は慣れ親しんだそれで、きっと弧を描いた唇から発されたその言葉が今の俺にとって残酷すぎるということをこの頃のあいつが知るはずもなくて。

当たり前のようにいつも俺の隣にいて、共に笑って泣いて、生きてきた名前。

愛を知らなかった俺と、愛を失ったお前は俺たちにそれを与えてくれた師をなくし、そんな世界を憎んで怨んで、戦場に立った。

でも愛を知ってしまった俺たちにとってそこはまるで地獄のようで、いつも持ち歩いていたはずの刀はやけに重くて冷たかった。

戦場で刀を振るうたび刀身に施される赤い装飾はただただ辛くて。
なあ、誰よりも争いごとが嫌いだったお前は此処でどれだけ苦しんだ?


「ねえっ、次は銀ちゃんが鬼だよ!」


夢の中でのお前は笑顔で、幸せそうなそれはひどく懐かしくて、こんなの幻想だって分かってるのにいつまでもこの時間が続けばいいのにと願わずにはいられない。


「ああ、わりぃ」
「いいけどー…ってまたそんな刀抱えてるの?!絶対重たいでしょ、置いてきたらいいのに…」
「いーんだよ、慣れてっから」
「もー、そんなんじゃなくてさ!銀ちゃんにはそんなの似合わないってば!」


それは俺の台詞だと、まだ年端も往かぬ目の前の少女に向けて胸中で呟いた。
お前はきっと、俺と共に生きるべきじゃなかった。

感情を殺して何でもない毎日を生きるのと、感情のままに生死の狭間で足掻くのと、あいつにとっての幸せを考えればそんなの考えなくても分かる。


「それは違うよね」


その声に振り向いた先で成長した名前が俺を見て微笑んでいた。
いつもと同じように寂しげで、今にも泣き出しそうな笑顔。けれどその瞳にはしっかりと光が灯っている。


「ひとりぼっちの平穏かみんなと一緒に地獄に落ちるか、そんなの私にとっては悩むまでもなかったよ」
「………うそつけ」




「頼むから…、なあ、お前だけはもう俺を独りにしないでくれ」
「しないよ、絶対。…絶対、約束する」
「絶対…、絶対だな」
「うん、絶対。傍にいるよ」




「先生が居なくなっちまったあの日、俺がお前を引きずり込んだ」
「ううん、違うの」
「違わねえ、俺は…、」
「違うの、縋りついていたのは私なの」


先にこぼれ落ちた涙はどっちのものだったのか。ただ抱き締めたふりをして縋りついていたのは俺だけでは無かったようで、ほんの少しだけ胸の奥の鉛が取れたような気がした。

俺の腕の中で静かに涙を流す名前は幼い頃と何も変わらない、争いごとが嫌いで、馬鹿みたいに優しくて、人一倍寂しがり屋だったただの一人の少女だ。


「わたし、弱くてごめんね、…傍にいてくれてありがとう」


嗚呼、きっと弱いのはお前じゃない。
けどそんな言葉ひとつで強くありたいと思えるのは、きっとそう言ったのがお前だからだ。
こいつが弱いと言うなら、俺がぜんぶ護ってやればいいだけの話だろう。
そうだ、今度こそちゃんと護ってみせるから。
だから俺は強くなりたいと思う。

この夢が覚めたその時、俺たちの世界はやっぱり地獄みてえなところで。だけど、そう分かっていても、そこにお前が居ると思うだけで俺は何度でも瞼を持ち上げるんだろう。
俺はこの目に映るものがくそったれの世界だけじゃないと知っているから。

だからまたいつか。この地獄を抜けた先で、俺に笑ってみせてくれ。


そして地獄におはよう


そこには愛しい彼女がいる。


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