そして翌日の朝、部屋に差し込んだ日の光に目を細め、刹那は目を覚ました。
「ん、……ここ、どこ?」
しばらくぼうと部屋の天井を眺めていた彼女だったが、何の前触れもなく突然がばりと起き上がる。
(思い出した。昨日高杉さんと出会って、ここに付いて来たんだ)
刹那は布団の上で律儀にも正座をし、顎に手をやって段々と整理されてゆく記憶を辿ってゆく。
(また子ちゃんと友達になって、武市さんと万斉さんと会って、……すごく楽しかったな…)
あんな風に人と関わったのは本当に久しぶりだった。
元来人好きな刹那にとっては、そんな当たり前な風上でさえとても貴重で、幸せな時間。
自然と顔をほころばせていると唐突に目に入った紫煙にはたと我に帰る。
(紫煙…?)
まさかとは思いながらもぎこちない動作で首を回した先には、入り口付近の柱によりかかっている高杉の姿。
「…た、たた高杉さん…?いいいいつからそこに?」
「あ?……「ここどこ」らへんから」
(思いっきり最初ォォ!!)
心の中で叫び、思わず頬をひきつらせていると高杉が刹那に声をかける。
「起きたなら行くぞ。もう他の奴らは集まってる」
その言葉で思い出した昨日のこと。
そうだ、今日は隊士たちの前で万斉と真剣で手合わせをしろと言われていたのだった。
このままではやばい、と瞬時に起き上がった刹那は瞬く間に駆け出した。
「無理です!では!!」
だがしかし部屋を出ようとしたところ、またもやがしりと掴まれる己の腕。
「……うわあ、なにこれデジャヴ?
昨日もこんなことあったような…」
「逃げてんじゃねぇよ。行くぞ」
「え、ちょっウソ…待って下さいっ!」
しかし男の力に適うはずも無く、引きずられるようにしてどんどん廊下を進む刹那と高杉。
ようやく解放されたかと思えば、そこは既に船の甲板の上だった。
「あっ、おはようっス刹那!」
「おはようございます刹那さん。
いやはや、高杉さんが直接呼びに行くなんて驚きですね」
「また子ちゃん!武市さんも!」
そこに居たのはまた子と武市。そして少し離れた所でざわざわと声をたてる攘夷志士たちだった。
「おいおい、あれが来島さん達が言ってた新しい幹部候補か?」
「普通の娘じゃねぇか」
「しかもなかなかの別嬪さんだぜ」
辺りの攘夷志士たちがそのような会話をしているとはつゆ知らず、刹那は来島たちの傍へと近づく。
「万斉先輩と刹那が手合わせするって聞いたから来たんスけど、刹那も万斉も居ないからどうしたかと思ったっス」
「あはははー万斉さん居ないなら仕方ないなあ。じゃあ今日のことは無かったということに……」
「遅くなったでござる」
「………どんなタイミング」
向こうから歩いてくる万斉を見て、せっかく誤魔化す理由ができたと思ったのに、と小さく舌打ちした刹那に万斉が近づいてゆく。
「ちと表の仕事で呼ばれていてな。申し訳ないでござる」
「いえ、全然いいですよ。むしろ帰ってこなくてよかったっつーかなんで帰ってきたんだっつーかゴニョゴニョ……」
「ん?何か言ったでござるか刹那。何やら辛辣な言葉が聞こえたような気がしたのだが…」
「いいえ何も言ってませんよ」
にこりと笑う刹那を見て再びざわめく攘夷志士たち。
一方で万斉は、いやまさかな……などと何やらぶつぶつ呟いている。
「……そろそろいいだろう。おら」
「!」
ふいに高杉がそう言って刹那に投げつけたのは一振りの刀。それを受け取った瞬間、指先から伝わる独特の重さと冷たさに彼女は思わず眉をしかめた。
「…………高杉さん。わたしやっぱり……、ガキィィン!、っ!!」
瞬間、万斉が刹那に向かって刀を振るう。とっさのことに鞘に入れたままの刀でそれを防ぐ刹那。
「すまんな刹那。晋助からの命ゆえ、本気でやらせてもらう」
「万斉さ…っ」
すぐに離れたかと思えばまた重い一振りが刹那に襲いかかる。
瞬時にそれを防ぎ、間合いをとると張り詰めた空気がその場に流れた。
「刹那、いつまでそうしている。
刀を抜かぬまま拙者とやり合うつもりでござるか?」
「っ、」
「刀を抜くも抜かぬも刹那の自由。拙者が口出しすることではござらん。
だがこのままだと───死ぬぞ?」
最後まで言い切るやいなや、またもやぶつかる刀と刀。
焦りに歪んだ顔で唇を噛み締め万斉の刀を受け止める刹那を見て、ちらりと高杉の方に視線を移す万斉。
昨夜、刹那が高杉の部屋から出て行ったあとのこと。
高杉が万斉に下した命はこうだ。
"明日は本気で刹那の相手をしろ。斬ってもかまわない。"
何故そこまで刹那に刀を使わせたがるのかを疑問に思った万斉は当然高杉にそれを尋ねた。が、返ってきた答えは。
"理由?そんな大層なもんはねェよ。俺ぁただあいつの戦う姿を見てみてェだけだ。
それにな万斉。いざというときに刀を振るえねェやつなんざ、この鬼兵隊にゃ必要ねェだろう?────……"
(鬼兵隊に有益な人間かどうか、拙者と戦わせて確かめる、か……。しかし一つ解せぬことがある)
万斉は刀を交えながら刹那が握っている刀、正しくは鞘を見る。
「なぜそんなにも頑なに抜刀しようとしないんでござるか?」
「はぁッ、はあ、…ッ」
「理由は知らぬが………変なプライドは己を滅ぼす。────残念でござる」
折角おもしろい曲を奏でる人間と出会えたのに、と。
ついに万斉の刀が刹那の刀を弾きとばした。
「っ、あ!!」
「さらばだ刹那」
遠くでまた子ちゃんの声が聞こえる。
目の前には振り下ろされる刀。
ああ、私死んじゃうのかな。
折角また仲間と呼べる人たちができたと思ったのに。
久しぶりに人と関わって、すごくすごく楽しかったのに。
でも仕方ないね。
独りが怖いくせに自分で仲間を消してしまう、滑稽な私にはピッタリの最後なのかもしれない。
私は私に誓ったもの。
私は二度と自分の仲間を自分の手で殺めたくなんてなかったから………もうこれで最後だ、と。
仲間を殺すくらい死んでもいい、と。
だからきっと、これでいいんだ。
(───本当に?)
もちろんだよ。
(───うそつき。)
どうして?
(───じゃあどうしてあなたは今まで何人もの人間を切り捨ててでも生きたいと思ったの?)
それ、は………
(───ね、まだ死ねないでしょう?)
(───死ねない理由があるでしょう?)
(───ほら、私があなたの代わりになってあげるから)
(───オヤスミ、刹那)
万斉によって振り下ろされた刀。
その切っ先にある血塗れた刹那の姿をだれもが予想した。………が、
「ひハ、は…あ!アはハハは!」
そこにはあまりにも場にそぐわない、満面の笑みをうかべる少女が天に両手を広げて立っていた。
臆病者の消失
さあ、開幕の時が来た。
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